記憶
目が覚めたとき、私は父さんがそばにいないことに気づき、昨夜の出来事を思い出したところで眠気が吹き飛んだ。
父さん、父さん!
声にならない声で叫ぶ。
急いで外へ出ると、そこにはこっちを睨んでくる大人がいた。
そこで昨日森の中で見かけた同年代くらいの子供がいることに気づいた。
昨夜父さんが話した禁忌の子ということと避けられた経験が繋がった。
恐らくあの子供が私、人間を見かけたと親などに告げたのだろう。
そこまで考えがいたり、呼吸が浅くなった。
あんなことになったのは、私のせい、!?
点滅する視界の中に、地面の他に何者かの靴がはいってくる。
「お嬢ちゃん、ノアちゃんであってるよね?」
他の人に初めて名前を呼ばれたことと父さんではなかったことに複雑な感情を抱きながら顔を上に向ける。
そこには父さんと似た形の少し違う色の耳が生えている男がいた。
自分の頭を触ってみても、髪の感触しかないことに落胆する。
私が質問に答えないことに怒りを覚えたのか手を引いてどこかへ連れて行かれる。
「どこに行っているんですか?」
「とってもいい場所さ。」
昨日と同じような悪寒が背筋に走った。
しばらく木が鬱蒼としげる森の中を歩いたあと、少し開いた場所に出た。
そこにはたくさんの人混みと使い方のよくわからない台のようなものがあった。
「目を離さずにじっと見るんだよ。」
そう言って私を連れてきた男は私の背後に周り、首を回転できないよう頭を抑えられた。
「これより、大罪人ゼインの処刑を始める。」
心臓が自分の意思とは関係なく早鐘のように打ち始めた。
聞きたくない現実に反して、周りの人々は歓声を上げる。
「大罪人ゼイン、最後に言いたいことはあるか。」
「娘を…呼んでくれ。」
人混みを掻き分け、父さんの前に出る。
周りの人から畏怖と怒りが混ざったような視線を向けられるが無視する。
「父さん、父さん!ごめんなさい、私が勝手に外に出たせいで、父さん…」
「いいんだ、それよりノア、俺の代わりに生きてくれとは言わない。だが、ノアは自分の好きなように生きてくれ。したいことを好きなようにするんだ。幸い俺が死ぬことでお前は無罪だ。どこにでも行くといい。」
父さんの優しい声に涙が溢れる。
「じゃあな、ノア。」
「父さん…」
溢れる涙は止まることを知らず、視界を不明瞭にする。
そんな視界のせいで父さんの最後の姿も見えない。
横にいた兵士の持つ刃が振り下ろされた。
小さな風切り音がしたかと思うと、父さんの首が落ちた。
受け止めたくない現実に、私は言葉にもならない声で泣き続けていた。
頭が痛い。
そう認識してから痛みは収まらない。
「うぐぅっ…」
誰か知らない、他人の記憶が流れ込んでくる。
何秒か、何分か、あるいはほんの一瞬だったのかもしれない長い時を過ごした後、私は認識した。
私は水瀬葵。階段から落ちて死んだ普通のOLだ。
その時、私の体にはなかったはずの耳と尻尾が生えていた。