プロローグ
私の名前は水瀬葵。
どこにでもいるOLだ。
人と少し違う点など、本への執着くらいだろうか。
私が働くのは本のため。
新しい本を買ったり、そのための環境を整えるため。私は本が読めれば幸せだった。
◆◇◆
「ノア、知ってるか?人間の世界には俺が持ってる本なんて目じゃないくらい本がある図書館があるんだってよ。」
「父さん、それもう何回も聞いた。」
父さんの酔っぱらった時にいつもする話を聞き流しながら晩御飯の食器を洗う。
「ノアも大人になったら、たくさん本を集めるんだぞ。」
「父さんが読みたいからでしょ?」
笑って肯定する私の父さんの名はゼイン。
母はいない。
私を産むときに死んでしまったそうだ。
正直顔も知らない母のことはなんとも思っていないが、そういうと父さんが悲しい顔をするので口には出さない。
聞きなれた話を聞きながら後片付けを終えた私は父さんに一声かけて布団に潜り込む。
その日は普段より早く眠りにつけた。
翌日、仕事のために家を出る父さんを見送ったあと私は日課の服作りを始めた。
どうやら私は日光に弱い体質のようで外に出られないと父さんに聞いた。
外から聞こえてくる同年代の子供たちの声を意識から追い出して作業を進めた。
正午になったことを示す三の鐘で手を止めた。
昼食を簡素なもので済ませ、作業を再開する。糸巻きから糸を取ろうとすると糸が切れていることに気づいた。
普段なら服作りをやめて父さんが帰ってくるまで待つのだが、今回はあと少しで一着が完成するため、今日中に終わらせたかった。
父さんが帰ってくる時間はまだまだ遠いことを確認し、日の当たらない森に面している裏口から外へ出た。
父さんの持っている図鑑によると糸の取れる蜘蛛は森に住んでいるらしいので、自分で採取するためだ。
運が良かったのかあまり時間もかからずに目的の蜘蛛を発見することができて、足取りも軽く家へ向かった。
道中、先程騒いでいたのであろう子供達に出会った。
交流を持とうと声をかけたが、不気味なもの扱いされ逃げられた。
私の顔、そんなに変だろうか。
「ただいまー。」
「おかえり、父さん。」
帰ってきた父さんを迎えて、普段と変わらない時を過ごし眠る。
起きたのは朝ではなく、怒号の響く真夜中だった。