花が紡ぐ秘密 2
その夜、カイルはお嬢様の執務室へ呼び出されていた。
十中八九、昼間の話題だろう。執務室に向かうカイルの足取りはまるで絞首台に向かう死刑囚の如く重い。
扉をノックする。向こうから聞こえるセリーヌの声がカイルにとって処刑の合図のように聞こえる。
「失礼します、お嬢様。御用はなんでしょうか?」
カイルはもう何を言われるか知っているか理解している。
が、その言葉を告げられる時間をできるかぎり伸ばすために無駄なあがきをする。
「カイル、そこに座ってくれる?」
カイルは渋々お嬢様の目の前に用意された椅子に腰掛ける。お嬢様は紅茶を一口飲んでからこう続ける。
「カイル、貴方がわたくしのためにいつも身を粉にして働いているのを知ってるわ。けれど、貴方が体調を崩して、わたくしの元を去ってしまったら元も子もないの、わかるかしら?」
「もちろん、承知しております」
カイルの従順な返事に満足そうに微笑むセリーヌ。
そうして、彼女は続ける。
彼にとっては死刑の判決を言い渡すような言葉を。
「そう、ならいいわ。少しの間貴方に休養を命じます」
やはり、とカイルは感じる。お嬢様の命には従いたい。しかし、それは、それでは、自分の役目が。
「ですが……!」
カイルは受け入れられず反発するが、お嬢様からの「カイル?」という言葉に冷水をかけられた気分になる。
不承不承に口を開く。
「……承知、しました。お嬢様の命であれば」
全く納得していないことが伝わるが、お嬢様はカイルが休養を受け入れたこと、その言質が取れただけで十分でだった。
「明後日から休養となるわ。明日は一日休んでもいいし、仕事をしてもいいけど……」
セリーヌの言葉に勢いよく被せるように、カイルは続ける。
「最期までお嬢様のそばにおります」
その言葉ににじませた覚悟はお嬢様には伝わらないし、彼も伝える気はない。
ただ、ただ最期までお嬢様に、それだけの願い。
セリーヌは口元に手を当てコロコロと鈴のような声で微笑む。
「ふふ、そういうと思った。また明日もよろしくね。おやすみ、カイル」
「はい、良い夢を」
***
バタン、と夜の静寂に音を響かせ、カイルは執務室から自室へと戻る。
胸の中に渦巻く感情が肺を埋め尽くす。呼気に甘い香りすら含まれそうなほど濃密な感情が烟る。
(……吐きそうだ)
花弁だけでなく、純粋は吐き気から目が回る。彼は自分が歩けているのかすらわからないほどふらふらと歩く。
なんとか自室にたどり着き、部屋の隅に隠しておいた袋にぶちまける。
「うっ、ぉ……」
甘やかな香りと饐えた臭いが混じって、さらに吐き気が増してくる。止まらない嘔吐に涙が彼の目に浮かぶ。
漆黒、紫がかった銀色、冷たい青色、それらが混じった嘔吐物。汚くてドロドロで、まるで自分の感情のようだ。
「はぁ……はぁっ……」
荒い息遣いが部屋にこだまする。胃も肺も空っぽになったはずなのに、喉の痙攣が、嗚咽が、涙が、何もかもが止まらない。
(このまま心臓が止まってしまえば、楽になるのかもしれない。)
カイルはふと思いついた考えが心に染み込んでいくのを感じる。
まるでインクのシミのように深く、濃く。
「……今ここで、死んでしまえば、きっと、」
カイルがその言葉を口にした瞬間、自分の中で何かが壊れる音を感じた。
「お嬢様のそばにいられない俺に、意味はあるのか?」
彼の視線は、部屋の片隅に置かれた剣に向けられた。
それは、彼が日々の訓練で使っているものだが、今は別の意味を持ち始めていた。
「俺の命は、お嬢様のためにある。ならば、」