隠しきれない想いと重なる嘘 1
セリーヌの過ごす屋敷は朝から活気に満ちていた。
侍女たちは朝食の準備に追われ、執事たちは屋敷の点検を行い、庭師たちは朝露に濡れる花々の手入れをしている。その中心で、従者カイルはいつも通りに動いていた。
「カイル、これお願い」
「承知しました」
手渡された書類や雑務をお嬢様のそばでこなすカイル。
表向きは完璧な従者としての振る舞いを続けるが、身体の異変が以前よりも増し、進行していることを嫌でも感じているようだった。
隠し通さなければならないセリーヌの前でも花弁が隠せなくなったきたのと同時期に、夜すら眠れない日々が始まっていた。カイルの白皙の顔立ちにうっすらと影が落ちる。
薄く広がった隈は彼の苦悩を表しているようだった。
「3、4年前の書類がほしいわ、取ってきてくれる?」
「えぇ、書庫のものでよろしいでしょうか?」
「うーん……倉庫にあるものもお願いするわ」
「承知しました、少々お待ちを」
***
セリーヌの命を受けて、離れの倉庫まで喧騒を避けて移動する。一見してみれば完璧な姿に見え、彼が今吐き出しそうな嗚咽と、気を失いそうなほどの眠気に苛まれていることなど誰もわからないだろう。
(……少し、吐き出そうか。)
倉庫でお嬢様に頼まれたものを探し出し、一息ついて壁により掛かる。極力音を消した咳をいくつか落とす。
鮮やかな橙に、夜を溶かしたような濃紺、炎のような赤色、それらが混ざったものが足元に広がる。
それはまるで一つひとつに意味があっても伝わらなければ意味がない、とそう示しているようだった。
はあ、とため息を落とし広がった花弁を拾い集め懐にしまう。カイルは一枚も残っていないことを確認してから立ち上がる。
そうして、ふと思う。
(もし、俺の気持ちが伝わった時、お嬢様はどう思うのだろうか。やっぱり気持ち悪い?それとも……)
無駄な考えを振り払うように頭を振り、頼まれた書類を持ち歩き出そうとする。
__が、
「っ!」
ふらり、と身体が傾き地面へ激突する、瞬間になんとか身体を支え持ち直す。
「カイル様!大丈夫ですか?!」
その場面をちょうど通りかかったお嬢様の専属侍女__エミリー・レディスが見つけてしまう。
エミリーはカイルへ駆け寄り、カイルの顔色の悪さを見てハッと息を飲む。
「……その、カイル様」
「何も見なかったことにしてくれませんか?」
「ですが……」
「頼みます」
カイルの頑なな態度にエミリーは折れたようで、それ以上追及せず、頭を下げて去っていった。
それでもチラチラとカイルを振り返る瞳には心配の色が含まれていた。
(失敗したな。彼女は口が軽いタイプではないが……)
エミリーはカイルの次にお嬢様に関わることが多く、お嬢様からも信頼を得ている侍女である。
そんな侍女からカイルのことを聞かされでもすればセリーヌはカイルを無理やりにでも休ませるだろう。けれどそれは彼の望む未来ではない。
この身が朽ち果てようと、最期の一瞬までお嬢様に仕えること、それが彼の唯一の望みなのだから。
(後でもう一度話をしておこう。最近忙しく寝れなかったと、言い訳をしておけば信じてくれるだろう。)
カイルは乱れた髪や服を直し、お嬢様のもとへ足早に向かっていく。