銀色の愛
「じゃあ、なぜ?」
セリーヌのかすれた声が響く。その声に含まれた切なさと深い愛情にカイルは言葉を失う。
「なぜわたくしにすぐに言わなかったの?おかしいじゃない、わたくしに隠すなんて」
セリーヌは言葉を続ける。碧色の瞳にたっぷりの水を溜め込んだまま。
「わたくしはカイル、貴方のことを……愛しているのに」
愛情が水となって流れ落ちる。透明な雫は頬を伝い床に落ちる。
そんなことも気にせずにお嬢様は続ける。
「何がいけなかったのかしら、ねぇ?何が不満だったの?わたくしの何が」
「貴方しか見てなかったのよ、カイル、貴方だけがわたくしの最愛なのに」
どうして……とホロホロと涙をこぼし続けるお嬢様。
(涙を拭いて差し上げなくては)
柔らかなハンカチで拭ってあげなければ、碧色の美しい瞳が赤くなってしまう。
自分がどのような姿になっているのかも忘れ、カイルはお嬢様のもとへ駆け寄ろうとする。
がしゃり、と響く金属音。どこにも行けない身体が今は恨めしい。お嬢様のために何もできないなんて。
カイルは小さく咳を落とし、痛む喉をごまかして滔々と語る。
「俺が悪いんです、お嬢様の愛を、自分に向けられたものだと理解していなかった、俺が」
その言葉に小さく身体をはねさせるお嬢様。少し赤くなった瞳をそろり、とカイルへ向ける。
「俺はお嬢様だけのものです。すべて、お嬢様のものです」
そろりとセリーヌが近づく。カイルの視線はお嬢様に向けられ一分も狂うことなく向けられる。
その視線、声には紛れもない愛情が滲んでいた。今までよりも強く。
「お嬢様は何も悪くない、俺が悪いんです」
「お嬢様だけを見て、お嬢様のことだけを考えています。どうか、どうか……泣き止んでください、お嬢様……」
セリーヌはゆっくりカイルに近づく。跪いた姿勢でセリーヌの白魚のような手がカイルの頬にふれる。
「本当に……?」
お嬢様の碧色の瞳が、金糸で紡いだような髪が、カイルに近づく。
碧色の瞳には疑念の色が落ちている。
(この鎖が……お嬢様に触れられないことがもどかしい)
お嬢様は顔が近いことなんて気にせず、カイルの瞳に嘘がないかを確かめることだけに集中している。
どうしたら、信じてもらえる?どうしたら俺の愛情に嘘偽りがないことを知ってもらえる?それだけがカイルの頭の中を支配していた。
セリーヌの顔が近い、吐息が唇にふれるほどに。セリーヌが疑惑の言葉を落とそうと、口を開いて。
そうして。僅かなリップ音を残してカイルはお嬢様の唇を奪う。お嬢様の吐息さえも貪るように。
突然の行為に驚いたお嬢様は反射的に身を引くが、
「っ、いかないで、ください……」
と、切羽詰まったような顔と声で懇願するカイルを見て、もう一度近づく。
手を伸ばせないことを忘れたのか、カイルは鎖の音を響かせながら、お嬢様の唇に触れるだけのキスを落とす。
「お嬢様……俺だけのお嬢様、愛してます、ずっと、永遠に。あなたのことだけを愛してます」
狂おしいほどの愛情しかない言葉と瞳に、セリーヌは碧色の瞳を緩ませ、カイルにそっとキスをする。
「……わたくしもよ、カイル。貴方のことだけを愛しているわ」
お嬢様のその言葉に肺の奥が疼く。喉の奥からぽろり、と花が落ちる。
今までのように苦しみを伴わず、息を吐くのと同じくらい簡単に。
「これは……」
落ちた花はお嬢様の手の上に落ちる。銀色の百合__それは、花吐き病が治癒したことを示す花。
その花はお嬢様の手のひらで溶けるように散っていく。そうして、ほんの少しの間でなくなった。
カイルは大きく息を吸うが、今までのように肺の奥が傷まない、咳き込まない、花を吐かない。
お嬢様は雨上がりのような笑顔を浮かべながら得意げに口を開く。
「ほら、言った通りでしょう?わたくしに言えばすぐに治るはずだったのよ」
「……えぇ、本当に」