冷たい鎖 2
その光の中に現れたのは、見覚えのあるシルエット__最愛の相手、セリーヌだった。
彼女はいつもと変わらぬ優雅な姿で、細いドレスに身を包み、金色の髪がふんわりと揺れていた。
だが、その碧色の瞳にはどこか冷たい怒りが宿っている。
「お目覚めのようね、カイル」
セリーヌの声はいつもと違い、冷たい響きを帯びていた。その目がカイルを鋭く見据えている。
「お嬢様……?」
カイルは困惑し、声を震わせた。
「これは……一体どういうことでしょうか?」
セリーヌは一歩ずつ彼に近づく。そのたびに彼女の足音が響き、部屋の中の冷たい空気が一層重たく感じられる。
「どういうこと……?」
冷たく、凍えそうな声がセリーヌから漏れ出す。碧色の瞳には紛れもない怒りが浮かんでいた。
「え、お、嬢様……?」
困惑しかすれたカイルの声が響く。どうして、お嬢様が俺を縛り付けている?
どうして、お嬢様が俺を怒りに満ちた瞳で睨みつけてくる?
わからない、何もかも、全部。
「カイル」
冷たいお嬢様の声がカイルを呼ぶ。カイルの身体はその声で凍ったように動けなくなる。
「それはこちらのセリフよ。どういうことなの?その花は?なぜ?」
睨みつけるように、カイルのそばに落ちたクラリオスの花を見つめ、ヒールで踏みにじる。
「あ、こ、れは……」
言い訳も、弁解も何も思いつかない。ただかすれた声を落とすことしかできないカイルを一瞥し、セリーヌは続ける。
「なぜ、お前は愛の告白に使われるような花を吐いているの?」
血の滲むような声。
「お前は一体誰に恋をして、その病にかかったの?自分はわたくしのものと嘯いた口で、わたくし以外の誰を見て、花を吐いたの?」
その声にだんだんと愛が帯び始める。
「わたくしだけを見て愛していたのなら、そんな病かかるはずがないじゃない!」
それは、独占欲とも、執着とも呼べない。
「答えなさい、カイル!お前の心は誰に向いているの!」
その問いに、カイルは息を飲む。これが本当に現実なのかわからない。
死ぬ前の幻覚か、それとも何か別のものか。夢幻と言われても納得できるくらい、カイルにとって都合が良すぎる。
現実を受け止められず、カイルの口はハクハクと動くが声は出ない。
そんな姿を見たセリーヌは自分以外の誰かを愛したがその相手を答えることはできない、と捉えたようで。
「……そう、答えられないのね。いいわ、えぇ、いいわ。わたくし、我慢できますわ。お前が口を割るまでずっと、ここで」
冷たい碧色が歪な色を孕んで歪む。その色は嫉妬でもあり、愛情でもあり、殺意でもあった。
「例え、お前が死んでも冥府の底から呼び戻してあげるわ。カイル、お前のすべてはわたくしのもの……そうでしょう?」
ぐいっ、とカイルの頬を掴み、無理やり視線をあわせてくる。
全部の感情を煮詰めた瞳に射抜かれたカイルはやっと息の吸い方を思い出したかのように、大きく息を吸い込む。
「お嬢様……」
かすれた声でセリーヌを呼ぶが、セリーヌは一瞥もくれずに外へ出ようと歩き始める。
「ま、ってください!お嬢様!」
声が震える、傷んだ喉が痛くてたまらない。それでも、カイルは必死に言葉を紡ぐ。
「俺は……俺は……お嬢様のことを、お嬢様だけを愛しているんです!」
その言葉にセリーヌはやっと歩みを止め、ゆっくり振り返る。
「ずっと、お嬢様のことしか考えていませんでした。お嬢様の笑顔のために生きてきました。
お嬢様が……俺のすべてなんです……!」
その告白は、カイルの生涯の想いを煮詰めたような重さと甘さを秘めていた。
「お嬢様、俺を捨てないでください。お嬢様のそばにいること、それだけが俺の生きる意味なんです……」
セリーヌに手を伸ばしたくて、動かす手からがしゃり、と金属音が聞こえる。それが無性に腹立たしく思える。
「お嬢様……」
切々とした想いを乗せてカイルは言葉を紡ぎ続ける。セリーヌはそんな彼の姿を見つめていた。