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熾火  作者: り(PN)
9/11

 最近の自分はどこか可笑しいと矢島昭は考えていた。

 もちろん、その原因は奇妙な出会いをした仮名・羽村蓉子との出会いから始まっていた。蓉子とは喫茶店で話し、その後R町を散策し、食事をしただけの間柄だ。キスはやんわりと否定され、手を握ったこともない。

 そんな蓉子に昭は自分が狂おしく惹かれることに戸惑っていた。

 冷静に分析すれば、蓉子は伯父がかつて付き合った女Yであり、しかも現在人妻であり、彼女と付き合うことには大きなリスクが伴うから、その危うさの感覚に一時的に溺れてしまったのだと考えることはできた。が、たとえ願い叶って蓉子が自分と関係を持つようなことになっても、彼女は家庭を壊さないだろうと昭は思っていた。叔父の話や食事のときの会話から計算すると蓉子は昭より少なくとも十三歳は年上だ。そんな四十過ぎの分別ある女がひよっこの自分の元に家庭を捨ててまで来るわけはないと信じていた。

 仮に蓉子が家庭を捨てて自分の元に走っても、おそらく払わねばならぬ夫や家族への慰謝料やその他諸々の経費が自分の経済力で捻出できるかどうかわからなかった。現在、蓉子は何不自由なく暮らしていることだろう。だとしたら当然、経済の苦労には耐えられないはずだ。一度は家族を捨てて自分の元に身を寄せたにせよ、経済的に不甲斐ない年下の夫に愛想を尽かし、元の夫のところに戻ることはできないにしても、やがて誰か自分を幸せにしてくれる相手を見つけることになるであろうと昭は思った。そのとき自分は蓉子に紙屑のように捨てられるのだ。

 そんな未来を想像すると昭は居ても立ってもいられなくなった。

 次にはたった今自分が頭に思い描いた光景が急に馬鹿らしくなり、昭はまだ始まってもいない恋を妄想する自分自身を嘲笑った。それから少し冷静になって、自分が蓉子のために出来るのは、彼女のゲームに付き合うことだけなのだろうと無力感とともに悟っていた。

 が、そう悟ると、昭は逆に恋に自信がわいてきた。真偽の程はしれないが、蓉子は平穏な家庭生活の退屈にふと紛れ込んだ過去の遺物を暫し懐かしんでいるだけなのだろう。その原因が喫茶店での自分であれば、自分は蓉子のゲームの最適な駒には違いない。

 健康な男の欲望として蓉子の身体を心行くまで味わってみたい。彼女の快感に溺れる様を何処までも一緒に感じていたいと昭は強く願ったが、もし蓉子がそれを望まなければ、自分は彼女の望む犬のような駒になろうと強く思うのであった。


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