06-内に秘めたる想い
閲覧して下さりありがとうございます。
素人丸出しのハイファンタジー物ではありますが
生温かい目で見守って頂けると幸いです。
尚、更新は不定期(気が向いたら)となっております。
__脳裏に浮かぶは 少し昔のとある夏の日。
真人が中学二年生の夏休みの事である__
祖父母に引き取られ、最初は人間不信になりかけていた
真人であったが、頑固とも言える世話焼き好きな祖父に
段々と心を許すようになっていく。
父との違いに戸惑いつつも、それが普通なのだと
気がつくと、次第に受け入れる様になり…
中学に上がる頃には別人格。朗らかな少年に超進化した。
家では毎日、祖母が美味しいご飯を作ってくれる。
休日ともなれば、近場限定ではあったが祖父が色んな
場所に散策に連れて行ってくれた。
さながら毎週末が小旅行みたいなものだった。
都合が合えば祖母も一緒に付き合ってくれたっけ。
両親の愛情を知らずに幼少期を過ごした真人にとって
この小旅行は人生一番の楽しみとなっていった。
生家よりかなり裕福であったが、決して驕らない祖父に
真人は祖父に、人間として尊敬の念を感じるようになり
気付けばすっかりお爺ちゃん大好きっ子になっていた。
学校で保護者の話になり、祖父母の話をすると
クラスメートからは『変わった奴』と少しイジられたが
祖父仕込みの強メンタルでソツなく人付き合いをこなし
友達、と呼べる程の同級生も作る事に成功。
唯一の難点は、学業…頭の出来がよろしくなかった。
テストの度に、俺の進路を心配してくれた担任の先生…
今でも元気に先生をやってるのかなぁ?
そんなこんなで、駆け抜けた学生時代。
成績こそ中の下であったが、学生生活を満喫するのであった。
そして__今年も夏がやってきた。
真人の中学校も夏休みに入ったが、かといって生活は
さほど変わりなく進む。
今日の小旅行は隣県の有名な渓流釣りだ。
日帰りで行ける距離だが今日は少し足を延ばした。
人工物が殆ど無い渓流はとても心地良く、美しい。
釣りは元々、祖父の趣味であったが
最初は何が楽しいのか…と楽しさを感じる事が出来ず
不承不承で祖父の後ろをついて行っていた真人。
しかし、時が過ぎ…精神的に大人になるにつれ
釣り糸を垂らし、ただアタリを待つという
釣り、と言う行為、そして無駄にも思える贅沢な時間。
穏やかに。川のせせらぎに耳を傾け、心は洗われる…
その魅力に気付くとみるみるうちに傾倒していく。
今ではmy釣り具一式を揃える程の腕前だ。
「ここは…涼しくて気持ちがいいねぇ」
麦わら帽子に白タオルで汗を拭う初老の男性。
まだ、元気な頃の祖父その人である。
「そうか?俺には暑いけどなぁ。
ほら爺ちゃん、水飲みなよ。もういい年なんだし
熱中症なんかになったら婆ちゃんに怒られるぞ?」
「あぁ…悪いね真人。ありがとう」
クーラーボックスから取り出した冷えた水を渡す。
渓流はその性質上、夏でも2℃ほど涼しいのだが
年が入った祖父を気遣っての事である。
2人は並んで竿を振り、仕掛けを垂らす。
釣り始めてから一時間経ったが、両者共に釣果は無い。
別に、魚が釣れなくてもいいのだ。二人にとっては。
この…時が遅く感じるのが。これが実に心地良いのだ。
「…なぁ、真人」
「ん?なに?」
「真人がうちに来てから、もう五年か」
「五年…うん。そうだな、それぐらいかな?」
サラサラサラと渓流の流れる音を耳で楽しみながら
2人は他愛の無い会話を繰り返す。
その中の一つの会話。それが真人の人生を大きく
決定付けるものになるとはつゆ知らず。
「人間っていうのはな、ふとしたことで変わってしまう。
もしも、だ。真人が大金持ちになったらどうする?」
「えっ?何だよ急に…うちって、そんなに金に
困ってる訳?」
「もしもと言うとるじゃろうて。おっ。引いとるぞ?」
ふと見れば、真人の竿の先がククッと沈んでいる。
慌てて竿を引くが__魚の姿は無く、餌だけが消え。
「あらら…遅かったか。 バレたわー。
はぁ…手応えは結構いいアタリだったんだけどな」
「ハッハッハッ!真人は…まだまだ集中力が足りんのう。
それでどうなのだ?お前ならどうする?」
「何がさ?」
「さっきの質問の答えじゃよ」
そう言われても…と真人は返答に困る。
幼少期こそ酷い毎日であったが、今は充足している。
これ以上を望んで、その先に今以上の幸せはあるのか?
針先に餌を付け直して再度竿を振る真人。
「んー…そうだなぁ。あ!海外旅行とかどうよ!」
「ふむ。海外か。それも良いが、儂らの身体がもたんのぅ。
それに、婆さんは飛行機が嫌いじゃて。
空を飛ぶ箱…棺桶に乗りたくはないんだと」
「あ。そもそもパスポート持って無かったわ…
ならさ、日本の温泉巡りとか!
それなら、近場でも良いしさ。どうよ?」
たわいない会話に、ケラケラと笑う2人。
「良いか真人。心して聞くのじゃ」
ペットボトルの水を煽りながら釣り竿の先を見つめる祖父。
だがその顔は険しく、慎重に…言葉を紡ぐ。
「人は誰しも幸せを願い追い求める時がある。
真人。それが何か分かるかの?」
「んー…やっぱ、お金じゃない?
ありすぎても困るけどさ、無さ過ぎると辛いし」
「お金も確かに大事な物には違いなかろうが、違う」
「じゃあ、一体それって…何なのさ?
教えてよ爺ちゃん」
「…力、じゃよ。まだ真人には分からないかもしれんがの。
特に強く願う程に…人は力を追い求めるもの。
お金も見方を変えれば大きな力と言えよう。
お金が集まる所に人も物も集まる。道理じゃて」
そんなこと…考えた事無かった。
何故なら、今の状況で真人は満足していたから。
将来の事を考える事は何度かあったものの
その他に思考を馳せる事は…学生の真人では考えが及ばず。
「では、分かりやすく…お金に例えて話そうぞ。
確かにお金は、人の生活を豊かにしてくれる物じゃ。
逆に無いと、どうなるかは…真人。
お主自身が一番…良く知っておろう」
真人の頭に過る幼少期の記憶。
なるべく思い出さない様にしていたが、祖父の言葉で
辛い地獄の日々を嫌でも掘り起こしてしまう。
「お金というのは立派な力の一つじゃ。
沢山あれば有るほど生活に不自由しなくなる。
だがのぅ…」
一拍の間を置き、再び祖父は語る。
「力というのはの、逆に恐ろしいものでもあるのだ。
お金で言えば、金にものを言わせて他人を下す事も
容易に出来てしまう。
例えば、もし1人の欲深い者がお金を独占したとしたら
どうなると思う?その1人は何不自由無く、幸せでも
他の者にとっては…地獄そのものじゃろうて」
ヒュッ!と竿を上げる音がすると
祖父の竿の先には見事な鮎がピチピチと跳ねていた。
器用に針を外すと、祖父は鮎をそっと渓流に戻す。
「よいか真人。今はよく理解出来てないかもしれんが
これだけはしっかりと覚えておくのじゃ。
__力を求め過ぎるな。
自分の身の丈を大きく超えた力は
やがて毒となり真人自身を殺してしまうからの」
「…じゃ、お金持ちになるのはいけない事なのか?
テレビでもよく流れてるじゃん、有名人とかの
豪邸自慢とか、高級車とかさ?
まぁ、俺は全然羨ましくはないんだけど。
そんな物より今は、こうして釣りしてる方が好きだし」
「そう言う事ではない。力無き者は度々虐げられる。
少なくとも、自分が生き抜くだけの分は必要じゃ。
だから、お金持ちになる事が悪いとは言わん。
良いか?力とは、どんな善人でも悪人へと変える。
自分に必要な分だけあればそれで良し。
それ以上を求めると、自身や周りの者は不幸になる。
だが、ふとした幸運で力を手に入れる機会もある。
人生というのは、往々にして不平等なものだ。
もし手に余る様なら、その力__困ってる人様の
助けにすれば良かろう。それで万事、八方良し、じゃ」
あぁ…だからか。
祖父母が心配して父の様子を見に来たあの日を思い出す。
どうしたら良いか分からず、怯える俺に、父が
「奥に隠れている様に。何があっても出るな」と言われ
無理矢理押し入れの奥に押し込まれ、ただそれに従った。
…父に嫌われるのが怖かった。
機嫌を損ねれば翌日、下手すれば数日はご飯抜き。
物を投げつけられ、手を上げられる事もあった。
そんな、終わる事の無い毎日が…俺にはとても辛かった。
俺が家の中に居ない事に気付いた祖父が
父を問い詰め、言い争いになり。
偶然、押し入れの中に居る俺を見つけた祖母に抱き付かれ
ごめんね、ごめんなさいね、と泣かれてしまった。
その事実に激昂した祖父と父が、今度は言葉ではなく
本気で殴り合いの大喧嘩に発展。
様子がおかしい、と駆け付けたご近所さんにより通報。
警察沙汰にまでなる、大騒ぎになった。
__そうだ。あの頃の俺は無力だった。
『父』と言う大きな力に抗えずに怯える日々。
祖父母は見返りを求めず、そんな俺に救いの手を
伸ばし、今まで何不自由無く育ててくれている。
前から尊敬はしていたが、再認識させられた。
本当に…なんて立派な人なんだろう。
俺はこの人にどうすれば恩を返せるのだろうか?
「…俺も爺ちゃんみたいなお爺ちゃんになりたいな」
そう言うと爺ちゃんは、優しく俺の頭を撫でると
照れ隠しでもするかの様に
少しだけ麦わら帽子を傾けるのであった。