『連続殺人事件と護衛』③
「アレクセイ・ニゲラです……よろしくお願いします……」
アレクセイ・ニゲラ――史上最年少の警備司教であり、唯一和刃を武器に扱う十五歳の少年。
警備部特有の袖が漆黒の布に、袖が広く裾の長い服装、胸元の金の藤紋様のブローチがその証だ。
叔父であり総務司教長のドミトリー・ウィステリアの推薦に、枢機卿と父親の決定に後押しされる形で、タチアナの護衛に任命されたとのこと。
叔父から事前に聞かされた話から、少年に関する詳細は知っていた。
しかし、いざ少年と顔を合わせると、互いに暫し目を離せなかった。
夜に染めたような長い髪を靡かせる様は、黒い鳥を彷彿とさせる。
漆黒にはめ込まれた月の石みたいに端麗な顔立ち。
空色のネモフィラみたいな瞳は、無垢な凛々しさに澄んでいた。
華奢で儚げな美貌は、武道よりも花屋のイメージに近いが、腰に下げている長い和刃は本物だ。
「私はタチアナです。こちらこそ、よろしくお願いします」
タチアナが柔らかく微笑みながら手を差し出すと、アレクセイは意外そうに瞬きをしてからゆっくりと手を伸ばした。
何気無い握手越しに伝わる手のひらの感触は硬く、アレクセイがただの少年ではないことを物語っていた。
「では、さっそくですが、午後の公務時にアレクセイ殿には護衛へついていただきますので……」
「なら、それまでアレクセイと一緒にお茶でもしているから、また時間になったら声をかけてくださる?」
「え……?」
まさか聖女にお茶へ招かれるとは思わなかったアレクセイは、意図せず首を傾げていた。
アレクセイとしては、あくまで護衛としての役目を果たすべき自分の立場を弁えているらしい。
しかし、タチアナだけでなく司祭二人も彼の反応に顔をひそめることもなく、むしろ微笑ましげに見つめている。
「それでは、お茶と菓子を用意いたしますね」
「ありがとう。お茶はこちらで用意するから、よろしくね。アレクセイは甘いものは好きかしら?」
「ええ……好き、ですよ……」
戸惑い気味のアレクセイを他所に、タチアナは小キッチンで意気揚々とお茶を入れ、司祭と入れ替わりで入ってきた給仕係から茶菓子を受け取る。
タチアナの部屋の中央――円状の花畑に囲まれた庭に置かれたテラステーブルへ、とアレクセイは案内された。
「先ずは我が国の名物・ウィステリア・タイムを召し上がってください」
ウィステリア・タイムは藤の花を乾燥させたものに紅茶葉をブレンドしたオリジナルティーであり、優しい藤の香りと優しい口当たりが特徴だ。
茶菓子に用意された淡い藤色のアイシングクッキーは、雪の様な口溶けに上品な甘い香りが美味だ。
「美味しい……」
「よかった、気に入ってくれて。ゆっくりしましょう」
物静かなアレクセイの口から自然と零れた感想に、タチアナも気を良くする。
ウィステリアはお茶の文化であり、誰かとの出逢いはティータイムから始まるのが王道だ。
昔からお茶は、人々の身も心も温かく癒す飲み物として民に親しまれている。
タチアナも例に漏れず、特に客人へお茶を淹れてもてなし、茶会を楽しむのが大好きだ。
タチアナ自身も馴染み深い紅茶の香りと温もり、アレクセイの表情の変化に緊張も解れていく。
「アレクセイの瞳は空色のネモフィラみたいに綺麗ね。あなたはどんなお花が好きかしら」
「あなたの腰にある刀は、この国も珍しい和刃でしょ? いつ頃から剣技を習得したの」
「あなたのこと、アーリャって呼んでもいいかしら? 私のこともタチアナって呼んで。敬語もいいからね」
季節によって色を変える花のように好奇心旺盛に言葉を咲かせていくタチアナに、アレクセイは圧倒されてしまう。
一体何なんだろうか。
聖女というものは、もう少しこう……厳粛で楚々としたものではないか。
けれど、目の前の聖女はどう見ても“普通”の明るくて溌剌とした女性だった。
それに思ったよりよく喋るし、どこか気安い。
アレクセイが返答に窮している様子に直ぐ気付いたタチアナは、我に返った顔で柳眉を下げた。
「あ、ごめんなさい……私ばかり喋ってしまって……嬉しくて、つい」
「……嬉しい……?」
「ええ」
「……どうして? 僕とはただ話しているだけなのに」
初対面で友人のように楽しげに話し、自分に強い興味を示すタチアナの友好的な態度が、アレクセイには不思議で仕方がなかった。
アレクセイ自身、数奇な人生史を辿ってきている中、タチアナのような人間には初めて逢ったため尚の事。
一方のタチアナもアレクセイの質問に首を傾げながらも、どこか照れ臭そうに両目を伏せた。
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