『連続殺人事件と護衛』②
「――」
荘厳な水晶扉の先に広がる世界は、まさに聖域だった。
水晶の天井からオーロラ状に降り注ぐ太陽の輝きと空の青さ。
大地には色とりどりの花々が咲き乱れ、瑞々しい甘い香りに満ちている。
小さな楽園を模した広大な温室さながらの構造で、噴水やベンチ、テラステーブルらしき物まで揃っている。
少女が花のように大切にされながらも、決して窮屈な想いをさせないように、という安寧を願ってのものだと感じ取れた。
一方で何よりも少年の心を惹いたのは、中央辺りから穏やかに響いてくる歌声。
「――……♪」
小鳥のさえずりのように可憐であり、せせらぎのように澄み渡る声は、どこか懐かしい安らぎを与えてくれる。
白い月の輝きを集めたような銀の髪とお揃いの淡いベール。
百合の花びらがひらめいているような長い袖と裾のドレス。
純白領域で艶やかな色彩を放つのは、藤の花の髪飾り。
純白の花嫁を彷彿とさせる装いと輝きを纏う少女の姿に、少年は"失ったはずの感情"らしき波動を胸に感じた。
「お待たせ致しました、タチアナ様」
タチアナと呼ばれた少女は、白銀に輝く長い髪を靡かせながら、ゆっくりと振り返った。
*
最近巷で騒がれている例の事件に、タチアナは密かに胸を痛めていた。
長らく平和だったはずの街で、無辜の民が殺されている。それも立て続けに。
警察は警備部司祭とも連携を取りながら捜査を継続しているが、犯人へ繋がる痕跡や手がかりの発見に窮しているらしい。
町の治安が脅かされている中、普段は公務で外出する事も多いタチアナへ、自粛を提案する司教らもいた。
しかし、タチアナとしては"こういう時"だからこそ、不安に苛まれている民の安寧のためにできることは続けたい。
タチアナの固い意思を汲み取った枢機卿と叔父が、彼女のために派遣したのは“専属護衛役”だった。
「彼がタチアナ様の護衛に付くことになる者です」
昔から気さくで姪達を気にかけてくれる叔父の紹介もあり、タチアナも護衛の件を快諾した。
何よりも、昔から城と公務時の外の世界しか知らず、歳の近い友達もいなかったタチアナは、胸の高鳴りを止められない。
しかも、自分より歳下の少年が若くして武道を極め、警備司教にまで登り詰めたという功績に驚きを隠せない。
一体どんな子なのだろう。
会ったらどんなお話をしようか。
その子の好きな花は何だろうか。
緊張と期待で胸を膨らませる中、振り返ったタチアナは碧眼を大きく見開いた。
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