最終話『聖なる藤の花と青空』①
永遠の結びつきを歌う花があるとすれば、藤の花ほど相応しいものはないだろう。
雅な紫色の花びらは鈴生りに結びつき、天地に舞い降る。
生まれてから落ちる瞬間までずって大地から"離れず"、空と"結びついて"いる。
まさに人と国と想いを永遠に結びつけることを祈るように。
今日も聖なるウィステリアには、幸福の花が舞い咲く。
小さな聖域に咲く花々もまた、帰ってきた平和に喜び歌っている――のに不相応な呻き声が響いてきた。
「はい。また不正解。何回間違えれば、覚えてくれるのかな」
ガラステーブルの上に広げられた分厚い本や資料を前に、書き取り用の紙とペンと睨みっこしているタチアナの頭を、アレクセイは指先で容赦なくポコッと小突いていた。
「うぅ……! だって名前長すぎて噛みそうで覚えられないものっ」
「二代目聖女エヴゲーニア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。王家に仕えていた家の人間でありながら、女神ウィステリアの天啓の証を授かり、和平戦と政治にも多大な影響を与えた末に聖女として冠された女性だよ。君にもぜひ見習って欲しいくらいだ」
「えぇえぇ……」
アレクセイの丁寧だが長い説明を耳にした時点で、タチアナの頭は容量を超える寸前で焦げ付いている。
「それよりもまず、どうしてこうなったのか、説明がほしいのだけれど……」
時は遡ること二日前。
イヴァンに渡された解毒薬が効いたのか、タチアナ自身は翌朝にはすっかり顔色も元通りになっていた。
念の為、主治医にも診てもらった結果、身体には特に異常はなかった。
アレクセイも胸を撫で下ろしたが、"微妙な問題"が残っていた。
「言っておくけど、僕は決して許したわけではないからね」
「……イヴァン様のこと? 確かあの夜、イヴァン様は私の体が温まるようにって薬を……」
「本当に君はおめでたい頭をしているんだね」
あの夜――タチアナはイヴァンから勧められたシロップもとい媚薬を飲んだ後の記憶が少しだけ曖昧なのだ。
身体中が急速に熱を帯びて、手で触れられる感触がやたら心地良くなっていた中、イヴァンとアレクセイの優しい声が響いてきていて。
ただ、途中で何故だかアレクセイが危ないことをしているように見えて、思わずテーブルを倒しちゃうことで阻止して……。
それから今度はアレクセイが自分を抱きしめてくれて……。
今思えば、あれは熱に浮かされた自分が見ていた"夢の出来事"だったのかもしれないのだが。
タチアナのために奮闘していたアレクセイの気も知らず、彼女本人は呑気に考えていた。
「それとも、そんなにあの男のことが……」
「どうしたの、アーリャ」
「別に……何でもない……」
意味深な呟きの後にそっぽを向いてしまったアレクセイに、理由を知らないタチアナは困ったように首を傾げる。
どこか拗ねているようにも見える……?
最初はアレクセイの考えていることがよく分からなかったが、あの事件解決などを経た今では、少しだけなら分かる気がする。