『愛しさは薬か毒か』⑤
「そうです。アレクセイ……否、エメーリャ……あの時にあなたは"死んだ"のですよ」
光の中で繰り広げられる走馬灯は、アレクセイ……エメーリャの死ぬ直前の記憶を映し出す。
エメーリャ少年はタチアナと共に駆け落ちをするつもりだった。
あの夜、エメーリャは聖域から脱け出したタチアナを迎えに行き、旅行者の馬車に乗り込んだ。
しかし、道の途中で横転してしまった馬車の荷台からタチアナは転落してしまう。
エメーリャはタチアナを救うために自らも落ちてしまった。
あの瞬間の記憶は頭から溢れ出てくるような痛み、と腕の中で血を流しているタチアナの温もりしかない。
エメーリャの視界が真っ暗闇に包まれたのを最後に、あの後タチアナがどうなったのかすらも知らないまま生を終えたのだ。
「ああ……タチアナ……っ」
ただ一つ明らかなのは、あの夜そもそもエメーリャがタチアナを外へ連れ出さなければ、二人は死ぬことはなかったのかもしれない。
そう思えば、アレクセイは己の幼さ故の愚かさや、それが大切な女の子を危険に晒したという罪深さを感じずにはいられなかった。
「自分を責めずにはいられないでしょうね、アレクセイ」
「やめろ……」
「なのに、あなたは懲りもせずに"生まれ変わって"再びタチアナのもとに現れた……」
「違う……!!」
イヴァンの言葉を否定したくても、純然たる現実はそれを許してはくれない。
そうだ……僕は……。
エメーリャは一度死んだ後、生まれ変わったのだ。
アレクセイ・ニゲラという新たな命のもとへ。
けれど、何故そうなったのかは、薄々気付いてはいるが、アレクセイには未だ信じられないのだ。
「"女神ウィステリア"があなたを憐れみ、願いを聞き届けたまでですよ」
確かにアレクセイことエメーリャは願ったことがある。
もしも、生まれ変わることが可能であれば、"幸せの国"であるウィステリアの子どもとして――好きな相手と一緒にいられる自由と幸福を手にしたいと。
死んだエメーリャの魂は女神ウィステリアによって救われ、孤児院へ行く前に産まれ落とされた命――後に"アレクセイ"と名付けられる赤子に宿ったのだ。
その際、生前の記憶は失われた。
けれど、タチアナと共に過ごしていく内に、魂の揺らぎが生じ、記憶を呼び覚ましたのかもしれない。
それでも、アレクセイには未だ疑問が生じる。
「何故お前が僕の出自について知っている? それに、何故タチアナは――」
「それは私がタチアナの"命の恩人"でもあるからですよ」
イヴァンがもう一度手をかざすと、光の中の映像は再び切り替わる。
光に浮かんだのは、医療機の管に繋がれて眠っている幼いタチアナの姿だった。
過去の記憶の影響とはいえ、あまりにも痛ましい姿に、アレクセイは絶望感で押し潰されそうになる。
「あの事故の後、タチアナは非常に危険な状態でした。
王宮の名医師の力と最先端医療機器でも助けられるかどうか五分五分でした――。
けれど、私はそんな不確実なものを当てにはしていなかったので、私は"力"を使ったのですよ」
イヴァンが映像の中のタチアナへ触れた瞬間のことだった。
医療の管に繋がれたまま死んだように眠っていたタチアナの体が、みるみる縮んでいき――三歳ほどの幼い姿へと変わった。
「私はタチアナの"肉体時間"を巻き戻すことによって、怪我をする前の状態にしたのですよ。
まあ、それに伴ってタチアナ自身は三歳にまで若返り、記憶も失いましたがね」
イヴァンの言葉を鵜呑みにするのであれば、本来は二十三歳であるはずのタチアナが十八歳で、アレクセイと三歳しか年が離れていない理由にも納得がいく。
それでも、アレクセイの中ではますます謎が新たに募っていくばかりだ。
「待て――何故女神ウィステリアはわざわざ僕を転生させて、再びタチアナと巡り会わせた?
それにイヴァン――お前は"何者"なんだ?」
もしかしたら、もう二度と逢わないほうがよかったはずの僕らは、再び巡り会ってしまった。
しかもアレクセイは、前世の記憶を喪っていても、タチアナに惹かれていった――それが必然だったかのように。
二人を巡る運命の悪戯に、女神ウィステリアと謎の男イヴァンの意思が介在しているというのなら、問い出さなければならない気がした。
「私は――」
イヴァンを射抜くように見上げるアレクセイに向かって、彼は焦らすように口を開く。
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