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『或る少女と少年の記憶』②


 「お父様は……昔からずっと忙しくて、滅多に顔を合わせてくれないの……お母様も……お姉様に付きっきりで……」


 「寂しい……?」


 「っ……! 仕方ない、と分かっているのよ……でも……っ」


 きっと、ずっと、耐えてきたのだろう。

 堪え切れずに涙を流すタチアナを見たエメーリャは、たまらず彼女を抱き締めた。


 「タチアナの気持ちは分かるよ……僕も……いつも家では独りだから……」


 エメーリャの言葉と曇った表情の意味を、タチアナも何となく理解できた。

 エメーリャは両親の希望で暫くこの国に滞在している旅人だった。

 けれど、いつも両親は昼から夜遅くまで遊び歩き、息子のエメーリャは宿に放置されているのだ。


 「物心ついた頃から親と一緒に色々な場所を転々としてきた。親は俺のことを旅の荷物の一つとしか見ていないし……学校も知らないし、友達もいなくて、俺はいつも独りだった……」


 「じゃあ……私達、似ているのね……私もいつも独りで、友達もいなかったし、学校も行ったことないし……」


 「ははは……そうだな……俺達は一緒だ……」


 寂しげな眼差しで無邪気に答えるタチアナに、エメーリャもまた同じ表情で笑みを零した。

 タチアナとエメーリャは正反対のはずなのに、どこか非常に良く似ている。

 そう思うと、今まで他の普通の子どもとは違っていた自分でよかった、と少しだけ思えた。

 次にタチアナが零した言葉を聞くと、尚更そう思えた。


 「でも、考えたら……エメーリャが旅人でこの国に来てくれたから、私達は出逢えたんだよね……私はエメーリャと同じだから、あなたと友達になれたから……私は私でよかったよ……」


 「タチアナ……お前は……っ」


 今度はエメーリャの瞳の奥が燃えるように熱くなる番だった。

 エメーリャもタチアナと同じ気持ちになれたが、言葉で紡ぐにはあまりにも重たかった。


 「ねぇ、エメーリャ……ずっと私といて欲しいな……」


 代わりにタチアナを抱き締めることでしか、その想いを静かに伝えることができなかった。

 けれど、タチアナには充分過ぎるほど温かくて、鮮明だった。



 そして、二人の運命を決する瞬間は想像よりも早く訪れた。



 「エメーリャ……! 大丈夫!? どうしたの、その傷……っ」


 後日、城の中庭で落ち合った二人だが、タチアナはエメーリャの様子に動揺を抑えられなかった。

 エメーリャの左頬は赤黒く腫れ上がり、手足には鞭で叩かれたようなミミズ張りの痕があった。


 「二人は酔っ払って、機嫌が悪いといつもこうなんだ……父さんも母さんも遊び歩いて……よく別れないなぁって思うよ……」


 エメーリャの口振りから、両親の仕業だと気付いたタチアナは涙を抑えられなかった。

 もしも自分が聖女ではなく、女神様か魔法使いであれば、エメーリャの傷と痛みを直ぐに癒してあげら れるのにと悔しくなった。


 「エメーリャ……私に何かしてほしいことない……? 私、あなたが大好きだから……何でもするから……っ」


 エメーリャの願いを何でも叶えてあげたい、とタチアナは純粋に願った。

 自分にできることがあって、それが少しでもエメーリャを幸せにしてあげられるのなら、それでよかった。




「それなら、タチアナ。俺と一緒に"逃げないか"?」




 それは子どもが考えついた衝動的で荒唐無稽な計画だった。

 それでも二人はただ今直ぐ逃げ出したかった。

 親のいる子どもである限り"不自由"でしかない場所から解放されるために。


 「そしたら、もう離れないで済むかな? ずっと一緒にいられるかな?」


 「もちろん。俺はタチアナを一人にはしない」


 何よりも互いに二人でずっと一緒にいるために。


 子どもであっても二人は薄々理解していた。


 いつか二人は引き離されてしまうことに。


 エメーリャの親は彼を連れて別の国へまた旅に出てしまう。


 エメーリャと別れたタチアナは国を出ることは許されず、いつかは国の決めた人と結ばれることにも。


 けれど、二人とも互いに別れたくはなかったし、忘れたくもなかった。


 ならば、一番の解決方法は二人だけで生きることだった。




 「大人になったら、エメーリャと結婚したい。いいかな?」




 タチアナの口から零れた"結婚"という言葉、そこに込めた想いに、エメーリャは面食らっていた。




 「ああ、結婚しよう。タチアナ」




 はにかむように笑って応えてくれたエメーリャは、今までになく眩しかった。

 タチアナもまた涙に濡れたエメラルドの瞳を幸せそうに輝かせた。



 たとえ、子どもの絵空事であっても、くだらない小さな夢であっても、二人はどこまでも本気だった。




 その瞬間、確かに二人は――“世界で一番幸せな子ども”になっていたのだ――。




 *


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