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『或る少女と少年の記憶』①


 第二聖女・タチアナ――"八歳"。



 或る日、彼女は一つの"運命"と出逢った。



 幼かったタチアナが或る試みを思い付き、実行したのが始まりだった。

 普段は固く閉ざされている聖域の扉を開けてみようかと。

 自分独りしかいない聖域の長い廊下を歩いていき、荘厳な扉をそっと押した。

 稀な偶然のミスによるものだったのか、呆気なく開いた扉の向こう側へ、タチアナは迷い無く踏み込んだ。


 「綺麗……」


 夜の月明かり、星空の輝きしか知らなかったタチアナにとって、街灯りは眩く鮮やかだった。

 ただ明るいだけでなく、人々の笑顔と活気に賑わう様も、タチアナの心を踊らせた。

 けれど、同時にタチアナは知るわけがなかった。

 鮮やかな夜の街に潜む小さな影の危うさを。


 「お嬢ちゃん。何しているんだい?」


 「こんな夜に一人で歩いてちゃ、危険だよ」


 やはり、夜の街に子どもが一人で出歩いている様は不自然だったらしい。

 気の良さそうな初老の男性二人に急に声をかけられたタチアナは、どう答えればいいのか困惑してしまう。

 男二人は親切心からか、それとも良からぬ目的でタチアナに声をかけたのか判別はつかない。

 それでも、正直な事を話せば、自分はただでは済まないだろう、とタチアナは本能的に察した。


 

 「お前、こんな所にいたの。探したよ。世話が焼けるな」



 不意にタチアナの肩を抱きながら声をかけてきたのは、タチアナより少し歳上の少年だった。

 薄闇でも輝く短い銀髪に赤い瞳と白い肌が印象的だった。

 少年の口振りから、兄が妹を迎えに来たと思ったのか。

 それとも――少年の鋭い目付きに気圧されたのか、男二人は気まずそうに立ち去っていく。



 「あの……助けてくれて、ありがとうっ」



 突如現れた少年は、当然初対面で知らない相手だ。

 けれど、偶々見かけたタチアナが困っているのに気付いて助け舟を出してくれたのだと思った。

 目を輝かせながら感謝を述べるタチアナに対して、少年は呆れた態度で口を開いた。


 「別に……偶々。てっきり人攫いか何かだと思っただけ……これに懲りたらさっさと帰って……」


 「私の名前はタチアナ。八歳になったの。あなたのお名前は?」


 「って、人の話を……」


 「ねぇ、あなたの名前を教えて欲しいな」


 明らかに世間知らずなお嬢さんであるタチアナを追っ払うように告げた少年。

 しかし、少年の素っ気ない態度にも動じず、タチアナは無邪気に話しかけてくるばかり。

 自分を見上げる曇りのないエメラルドの瞳、無邪気な笑顔に、少年は諦めたように零した。



 「エメーリャ……十二歳だけど」


 「"神は赦し給う"! 素敵な名前ねっ」


 「何よく分からないことを言っているの」


 「エメーリャの名前の由来よ。この国ではそう呼ばれているの」



 エメーリャと名乗った少年を讃えるタチアナの言葉に、彼は一瞬息を呑んでいた。

 けれど、直ぐに素っ気ない眼差しで、タチアナを見下ろす。



 「ところで。家はどこ? そこまで送ってあげる」


 「本当? なら、その間だけでもいいから……街の様子を見てみてもいい……?」


 「早く帰らないと、親も心配するんじゃないの」


 「それなら心配いらないの。お母様もお父様も、私の所には帰ってこないから」


 タチアナは嘘を言っていない。

 

 聖王である父は深夜まで公務に勤しんでおり、母も自らの使命と姉の看護で忙しい身だ。

 普段からタチアナの世話は聖域に仕える司祭達が担う。

 本来ならば就寝の時間には施錠される夜の聖域には、誰も入ってはこない。

 明るい調子で答えるタチアナの言葉をどう受け取ったのか、エメーリャは一瞬憂いを浮かべた気がした。


 「お前の所も、帰ってこないの……」


 「どうかしたの? エメーリャ」


 「いや、何でもない。タチアナだっけ……言っておくけど、少しだけだよ……」


 「本当? ありがとう! エメーリャっ」



 それはタチアナにとって本当に特別な夜だった。


 生まれて初めての夜の街の世界。

 初めて出逢った自分と歳近い友達。

 しかも、雪のように儚げながらも赤い花の鮮やかな男の子は冷たいように見えて、とても優しかった。

 

 夜の街を歩く中、タチアナの手を固く繋いで放さないでいてくれた。

 傍ではしゃぐタチアナに呆れながらも、優しい眼差しで見守ってくれていた。

 タチアナばかり喋っていて寡黙だったけれど、話をよく聞いていてくれた。



 「タチアナ……君は国の人間だったの……」



 タチアナの目的地を聞いた時点で何となく察しはついていたが、やはりエメーリャはひどく驚いていた。

 月高くそびえる城を前に、タチアナは縋るようにエメーリャの手を繋ぎ返した。

 そうしていないと、エメーリャが自分から離れて、二度逢えなくなるような気がして。


 「エメーリャ、また会えるよね? 私にとってエメーリャは初めてで、大切な"お友達"だよ」


 真っ直ぐ潤んだエメラルドの瞳に見つめられ、エメーリャは赤い瞳を細めながら答えた。


 「分かったよ……また会おう、タチアナ」



 後日、奇妙なことに奇跡は重なり続けたことで、二人は逢瀬を交わし続けた。

 現在の夜の聖域を担当する司祭は、よほど職務怠慢らしかったが、タチアナ達には好都合だった。

 或る日は夜の聖域にエメーリャを密かに誘い、二人で水晶の星空を眺めていた。


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