『救済の花は血に染まる』⑧
「エメーリャ――」
タチアナは静かに名前を呼んだ。
自分にとってもどこか懐かしく、胸が締め付けられる響きを。
タチアナにされるがまま、抱き締められる形になったエメーリャは放心する。
どこか我が子を叱る母親のように優しく、父親のような力強い温もりに――エメーリャの中で眠っていたものが蘇る。
『エメーリャお兄ちゃん』
『エメーリャ兄ちゃんっ』
兄を頼りに慕ってくれた妹弟。
『『『『エメーリャ――』』』』
自分を生み育ててくれた母親。
自分に色々なものを見せてくれた父親。
自分を温かく包んでくれた祖父母。
「っ……エヴァ、ドーリャ……母さん……父さん……じいちゃん……ばあちゃん……っ」
エメーリャの目の前には"家族"がいた。
エメーリャに向かって変わらない笑顔を見せてくれている。
しかし、瞬く間に水膜に霞んでいく――。
『お兄ちゃん? どうしたの? 大丈夫? どこか痛いの?』
『おいおい、大丈夫かよ兄ちゃん。僕より大きいのになー』
『あらあら、大丈夫よ。何かあったの? お母さん達に言ってみなさい?』
『男ならしっかりしろ! と言いたいとこだが……まあ、男にもそういう時はあるもんだ』
『こういう時は我慢しなくてもいいのよ、よしよし』
『大丈夫じゃよ。エメーリャ、お前さんならきっと乗り越えられるさ』
何故、今まで気付かなかったのだろう。
ただ、悲しみと憎しみで見えなくなっていただけで。
たとえ、言葉と温もりで触れ合うことは叶わなくなっても。
こんなにも近くにいてくれていたのに――。
「あぁあぁぁ――っ!!」
慟哭は雷鳴のように激しく、雨のように澄み渡る。
聖女の胸に抱かれて涙したのは罪人でも聖者でもなく――。
家族を喪った末に足掻き続け、再会を果たした一人の"少年"だった――。
*