『救済の花は血に染まる』⑥
「つまり、君は自分の身勝手極まりない正義感のために、人を殺したということかい?」
エメーリャの語りへ最後まで耳を傾けていたアレクセイは、顔色一つ変えないまま冷然と口を開いた。
静かな皮肉と非難を含んだ物言いに対して、エメーリャは嘲り返すように答える。
「幸せが壊れない内に死ねたのだから、彼らは僕に感謝すべきだ――」
「とんだ傲慢な考えだね」
「そんなことはないさ。人は遅かれ早かれいつかは死ぬ。
そして長く生きれば生きるだけ、大切なものを喪っていく体験を繰り返し、それで苦しむんだ。
そこのドロレス様や、今まで僕が出会ってきた人々と同じように――つまり僕は真理へ辿り着いたのだ」
己の正義感と信仰を高らかに唱え、肯定を求めるようにドロレスへ目線を向けるエメーリャ。
当のドロレスは沈黙を貫いたまま、待ち焦がれるようにエメーリャを見つめるのみ。
「"人が死ぬ意味"を――!
誰もが"生きる意味"に悩むが、やがて誰もが何となく折り合いをつけながら生きられる」
「……強いては、答えがなくたって人は生きられる」
「その通りさ。だが、人は何故死ななければならない?」
"生きる意味"にアレクセイも思う所があるらしく、正論を淡々と零す。
エメーリャはアレクセイの答えを否定はせず、ひたすら己の思想を弁明していく。
「例えば僕の家族も、僕が見送ってきた数多の命も何故奪われたのか。
その答えだけは誰も、聖なる王ですら未だに見つけられていない。
女神様すらその答えを示してくださらなかった。
だが、僕には分かった――!
家族を死によって喪った僕だからこそ!
ついに"乗り越えた"のだ!」
エメーリャは陶酔しきった眼差しで天を仰ぎながら、高らかに告げた。
「人は死ぬことによっても救われるのだ――」
「今しか味わえない幸せを感じ、それを失っていく恐怖も苦しみも憎しみもなく逝けるために」
「あるいは生きている内には償い切れない罪を精算し、罪を背負っていく孤独と苦しみから解放されるために」
「あるいは老いや病による苦しみ、希望の見えない日々を過ごさなかればならない本人や家族の解放のために」
「あるいは死が身近にあることを実感し、いかに失われた命がかけがえなく尊いものだったかを思い知るために」
家族を奪われた悲嘆と憎悪の向こう側で目覚めた信仰。
狂気じみているようで、どことなく胸を打つ響きだった。
エメーリャの言葉こそは"幸せの国"と謳われるウィステリアでは、未だ浮き彫りにされていない課題――死と老いと病による不幸と苦しみの克服を痛烈に突き付ける。
けれど、今のアレクセイにとっては些末な問題だ。
もはや話にならないと悟ったアレクセイはひと溜息を吐くと、右腰に下げた和刀の柄を握り締める。
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