『聖女様と僧侶と』③
「はい……こちらが今夜からの“お薬”です、タチアナ」
イヴァンがタチアナへ手渡してくれたのは、淡い藤色の液体が澄んだ薬瓶だった。
薬師であるイヴァンはタチアナの姉のために特別に調合してくれた薬を、毎週タチアナへ手渡してくれる。
イヴァン曰く、病気の姉を苛む原因不明の神経痛や不眠の緩和、不安の抑制に効果があるらしい。
実際、数年前からイヴァンの調合した薬を飲んでもらって以降、姉は気分よく眠れているし、神経痛も和らいだと微笑んでくれた。
医師でも薬師でもないタチアナには薬効や成分について不明だが、王族専属の医師ですら見逃していた“副作用による苦痛の緩和”に貢献してくれるイヴァンに感謝しかない。
普段通り丁寧に薬瓶を受け取り、感謝に双眸を潤ませるタチアナに、イヴァンも双眸も細める。
「代わりと言っては難ですが、タチアナへいつもの"おまじない"をしても、かまいませんか?」
互いの立場上、本来はこうして無断で言葉を交わす事も、しかも夜分に聖域を出入りする行為すら禁じられている。
聖女として失格であるということも薄々理解はしていた。
それでもタチアナ自身、この秘密の逢瀬を止める事も、イヴァン自身を拒絶する事も叶わないのだ。
本当はこのまま貴方と一緒に行っても、きっと私は――。
無言で頷いたタチアナに、イヴァンは気を良くしたように微笑む。
そのままタチアナの頬を両手で包み込み、そっと顔を上げさせる。
真紅のルビーさながら艶やかなに澄んだ瞳に、心まで吸い込まれそうだ。
否、既に魂の奥にある何かを吸い取られているような気がする。
「おやすみなさい、タチアナ――良い夢を」
愛しい我が子に与えるような優しい口付けを落とす。
けれど唇同士が触れ合う感触は、チョコレートのように甘く、いつまでも味わっていたいほど蕩けるものだ。
初めての時は呼吸の仕方が分からなくて、息苦しくなった。
けれどイヴァンは藻搔いていた私を笑うこともなく、息の仕方を何度か練習させてくれた。
「僕との約束、守ってくださいね――良い娘」
イヴァン曰く、唇同士の接吻は"良い夢を見るおまじない"で、不安や寂しさ、恐怖を和らげてくれる効果もあるらしい。
ただし条件もあり、これは二人の秘密の儀式だから、他の誰にも知らせたり見せたりはしないこと。
約束を守れなければ、おまじないの効果が薄れてしまうらしい。
せっかくイヴァンが教えてくれた特別なおまじないも、彼の自分に対する親愛も失いたくないため、タチアナは姉や父親にも誰にも打ち明けない。
イヴァンが魅せてくれる夜の夢が、いつまでもずっと覚めないことを祈りながら――。
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