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『救済の花は血に染まる』②


 どうして、よりによって、あなたがいるの――?


 同時刻――イヴァンの転移魔法によって聖域の外へ連れ出されたタチアナ。

 イヴァンに支えられる形でタチアナがいる場所は、見知らぬ誰かの部屋のクローゼットの中。


 何故、夜分にこんな場所へ自分を連れて来たのか、イヴァンの意図が分からない。


 困惑の眼差しで見上げるタチアナに対して、イヴァンは唇に指を立てて微笑むのみ。

 クローゼットの隙間窓からは、月明かりの差す窓のある部屋で、洋風人形が並び飾られている。

 イヴァンの微笑みと仕草から、自分達はこちらで静かに見守るように、という意図を察したタチアナは従うことにした。


 間も無くして部屋に入って来た家主、少し間を置いて現れた黒い外套の人影に、タチアナは固唾を呑んでいた。

 双方の間で交わされる不穏な会話の内容、そして黒い人影が手にしたナイフの輝きに、タチアナは声にならない悲鳴をあげそうになった。


 「イヴァン様……っ……助けなければ……このままではドロレス様が……っ」


 極力小さな声で呼びかけるタチアナに対して、イヴァンは彼女を押さえたままだった。

 優しい微笑みにはそぐわず、振り解けないほどの力強さにタチアナの体は自然と大人しくなる。


 「安心してください、タチアナ。今はまだ"その時"ではありません。それに……もうすぐ来られます」


 イヴァンはこの部屋で何が起こるのか全てを見据えているようだった。

 程なくして、厚手のカーテンの向こう側からもう一人が気配を現した。


 「イヴァン様……何故、アーリャがここに……」


 間も無くして時期を合わせていたように現れた少年・アレクセイの姿にも、タチアナは動揺を隠せなかった。

 アレクセイは黒い人影を静かに牽制するように和刀を片手に佇んでいる。


 「やはり読み通りでしたね。次に狙われる可能性が高いのは、あなただと」


 警備司教の装いに和刀を構えた少年の登場に、ドロレスもまた内心動揺しているようだった。

 

 何故よりによってこのタイミングで、連続殺人犯に気付かれずにこの場に現れたのか。


 今までの事件被害者の間には何の接点もなく、そこから共通する関係者を絞り出す事は難しいはず。

 仮に勘の鋭い警察が次に監視する可能性が高いのも、アザレアストリートに隣接するウィステリアストリートであるはずだ。

 予期せぬ誤算に静かな焦燥を募らせるドロレス……並びに殺人犯へ答えるように、少年は淡々と口を開いた。


 「ドロレス・オルテンシア。僕は、あなたが色々な意味で"最も危うい"人物だと思ったのです。だから、あなたの近辺を調べさせたら、あなたは"ある人物"に依頼の手紙を渡していたそうですね?」


 少年の投げかけに対して、ドロレスは沈黙を貫いているが、気不味そうな眼差しは答えを物語っている。

 ドロレスの反応から、アレクセイはさらなる確信を得た様子で続ける。


 「その人物は"教会"を通じて被害者達と密かに繋がっていた。"訪問司"としてね」


 "訪問司"とは、特定の司祭が家へ定期的に訪問し、祭事の取り仕切りや祈りを担う。


 各家庭に数人ほどの訪問司が交代制で担当することが多く、裕福な家庭では泊まり込みもある。

 訪問司であれば、担当する家の侵入経路や家族事情を把握していても不思議ではない。

 家族もまた信頼深く敬虔な訪問司がまさか自分達を殺しにくるとは、夢にも思わないはずだ。

 殺人手口の凄惨さからも、警察は殺人犯が聖職者だとは思いつきもしなかっただろう。


 「僕は各被害者宅を担当していた司祭達に聞き込みを行なった。そんな中で、唯一被害者全員の来訪司を担ったことのある人物に辿り着いた。まあ、ドロレスさんはその事に先に気付いたから手紙を出したんだろうけど……」


 「あら、あなたも気付いたのなら分かるのかしら? このお方が何者なのか」


 ドロレスが依頼の手紙を渡した人物であり、彼女に応じてこの場に現れた黒い人影の正体を知っているらしいアレクセイに、彼女は挑戦的に問いかける。

 アレクセイは迷いのない眼差しで黒い人影を指差すと、静かに口を開いた。



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