『昇り藤の落花』⑤
「それで、自分が何の役に立てるのかなんて、悲しいことを考えていらしたのですか」
「どうして……」
「タチアナを見ていれば、何となく分かりますよ」
察しの良いイヴァンには、タチアナの心中も状況も全てお見通しらしい。
自分を優しく見下ろす赤い瞳に、悲しげな色を映している。
同じように見つめ返している内に、タチアナは自分の想いが抑えられなくなるのが分かった。
「私、どうしたらいいのか分からなくて……っ」
エメラルドの瞳を涙で濡らし、声を震わせて泣くタチアナに甘い抱擁が降りる。
「タチアナ……あなたの誰かの為に動こうとする"優しさと勇気"こそは尊いものなのです……」
タチアナの背中を優しく撫でから甘く囁くイヴァンに、彼女は安堵を覚える。
「けれどイヴァン様……私はお父様やお母様のようにはできません……お姉様のように賢くもなく……叔父様みたいに戦うことも……っ」
反面、不安に呑まれそうな暗い想いをも吐き出さずにはいられなくなった。
イヴァンはこんな弱くて役立たずの無力な自分を知って、幻滅するだろうか。
言葉にして初めてタチアナは、さらなる不安にも駆られる。
「いいですか、タチアナ。あなたのお父様やお母様にしかできないことがあるのならば、"タチアナにしかできない事"もあるはずなのです」
「私にしか……できないこと……? 」
確かに今の平和は、お父様とお母様の二人だから築き上げられてきたものでもある。
イヴァンの言う通り、いつか自分だからこそできることが見つかるのだろうか。
それこそ姉が闘病の中、勉学を通して模索していることなのかもしれない。
「けれど、本当にあるのかしら……」
「あなたにはまだ無限の可能性があるのです。どうか己の未来を自ら閉ざさないでほしい」
「可能性……」
「ですが、同時に忘れないでほしいのです……」
先程よりも心は少しばかり前に向いてきたタチアナに向かって、イヴァンはこの上なく優しい微笑みを咲かせた。
「あなたの家族も皆、優しくて好奇心旺盛で勇敢なタチアナを“愛している”ということを」
「イヴァン様……」
「たとえ、あなたが戦えなくても勉強ができなくても……それこそ目や手足を喪ったとしても……私はあなたの全てを愛しています……」
"愛している"と――。
タチアナの全てを抱擁するイヴァンの声と温もり。
悲しみの海に沈んでいた心へ光を灯すのには、十分だった。
女神の慈悲や信者の崇拝よりも何よりも、タチアナの心を熱く貫いた。
そして、改めてタチアナは思い知らされた。
やはりイヴァンは自分を見透かしたうえで、その全てを抱き締めてくれる唯一無二の存在だと。
「ありがとうございます……っ……イヴァン様……私も……っ」
イヴァンへ感謝だけではない気持ちを伝えたいのに、涙と嗚咽で上手く言葉にならない。
それでもイヴァンはただ、優しく微笑みながらタチアナを抱き締め続けた。
「それでタチアナ――私の方から少し"お願い"がありまして」
涙が落ち着いた頃に、イヴァンは唐突に告げて来た。
今までなかった予想外の申し出に、タチアナは首を傾げながらも喜んで頷いた。
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