『昇り藤の落花』④
「ねぇ、アーリャにお願いがあるの」
「駄目」
「まだ言い終わってないのだけど」
「言われなくても分かるよ。"葬式"に参列したいって言うんでしょ」
タチアナの希望を簡単に見透かすアレクセイの返答に、うっと口を噤んでしまう。
今日の昼前にはロードデンドロン家の葬式が開かれる予定だ。
生前カテリーナのマネージャーを務めていた人間と知り合いの僧侶によって取り仕切られる。
人気歌姫の死を悼むファンも多く押し寄せる事を想定し、葬式はウィステリア公園内の広間を貸し切るらしい。
タチアナ自身もカテリーナとは接点はないが、あの夜に彼女の最後の舞台を見届けたファンの一人として思う所があるらしい。
「君が彼女のファンだった事は知っているよ。でも、いつどこで犯人が襲ってくるのか分からない状況で、君も危険な目に遭わないとも限らない」
「それは……」
「それに僕は今から出かけないといけないから」
「もしかして、調査に行くの? なら、私も一緒に連れて行って」
アレクセイが外出するという言葉に、タチアナの瞳に期待が灯る。
しかし、アレクセイは呆れた眼差しを流すと彼女の希望を一蹴する。
「駄目。好奇心のある君ならそう言いかねないと思ったけど、
「好奇心なんかじゃない! カテリーナさんや他の被害者の皆の冥福のために、私も少しでも力になりたくて……」
「そう思うなら、今は聖域で大人しく安全な場所にいてくれるのが一番助かるよ」
「そんな……」
「なるべく早く戻るつもりだから。僕がいない間、聖域は他の司祭達に見張ってもらうから」
アレクセイの正論にタチアナは遂に返す言葉を失う。
けれど、胸の内は己の無力さが歯痒くてたまらなくなった。
アレクセイは呆然とするタチアナに溜息を吐いてから、無言で踵を返して出かけた。
「私は何の役にも立てないの……?」
いつも自分は待っていることしかできない。
昔からそうだった気がする。
お母様は、罪有る者も無き者も隔てなく手を差し伸べ、彼らの心を救ってきた。
お父様は、王として国の平和と秩序を守るべく国民を導き、外交にも力を入れてきた。
お姉様は、体が弱く今では外には出られなくても、自分なりに出来る事を果たすべく病と闘い続け、合間に勉学も惜しんでいる。
叔父様は、王である兄を支え、その剣と盾となって司祭達を統べている。
それに比べて自分は力も頭も、彼らの足元には及んでいない。
自分のいる意味って、一体何なのだろう。
「そんな悲しい言葉で、自分を傷つけないであげてください――」
独りで寝台に伏せていたタチアナの背後から甘く優しい声が響いた。
一瞬アレクセイが戻って来たのかと錯覚したが、直ぐに違うと理解した。
「どうして、イヴァン様」
「今頃、あなたが寂しい想いをしていないか、心配になってきたので」
振り返ったタチアナの目の前には、焦がれたイヴァンの姿があった。
思わず慌てて辺りを見渡したが、聖域内には今二人きりだ。
アレクセイは他の司祭達を見張りに残したらしいが、彼らは全員扉の外にいる。
アレクセイとは違い、彼らはさすがに聖域内に居座り続ける無礼を冒すのに抵抗があったらしい。
それにしても昼間の予期せぬ来訪は初めての事であり、イヴァンの真意が気になった。
久しぶりの再会にタチアナは喜び半分、驚きと戸惑いを隠せない。
「それよりもタチアナ、今あなたはひどく悩んでいるようですが」
イヴァンに真っ直ぐ問われたタチアナは返答に窮した。
けれど、イヴァンの柔らかな微笑みに見つめられると、凍えかけていた心が自然と溶かされていくのを感じた。
「ええ、お話は伺っております。私も大変残念に思います」
「だから、せめて私に出来るのは事件について調べる事なのに……」
「護衛のアレクセイ君に反対された、という所でしょうか」
タチアナの話へじっくり耳を傾けてくれるイヴァンの返答に彼女は頷いた。
何故いつの間にイヴァンがアレクセイの名前を知っているのか、密かに気になったが、タチアナの心はそれどころではなかった。
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