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第六話『昇り藤の落花』①


 聖なる歌声は響き渡る。


 花のように鮮やかに。


 夜の静寂へ儚く溶けゆく。


 彼の人へ贈る鎮魂歌となり。


 聖女は歌い続けた。


 涙に声が呑まれるまで。



 「……歌は終わり?」



 歌声が止まると同時に落ち着いた声が背中を撫でる。

 本当はずっと前から気配を察知していたが、あえて気付かないふりをしていた。

 今は歌声だけでなく想いを紡ぐ言葉すら呑まれている。


 「言っておくけど、君のせいでもないよ……」


 「……」


 「もし責められるとすれば、あの時彼女を完全に守りきれなかった僕であるはずだ」


 「っ……違います……! あなたは何も悪くありません……! ただ、私は……っ」


 アレクセイ自身に責任があるという言葉に、タチアナは慌てて否定すると同時に振り返る。


 タチアナは泣いていた。


 悲しみのあまり言葉にならないらしく、再び小さく嗚咽しながら涙を零していく。

 行き場の内やるせなさを抱いているのはタチアナだけではなく、アレクセイもまた表情を変えないままだが拳を握りしめる。


 カテリーナ・ロードデンドロンが"殺された"――。


 その訃報が耳に入ってきたのは、タチアナが叔父とアフタヌーンティーを交えながら話していた最中だった。

 叔父のドミトリーは結果を見据えていたのか、スッと表情を消すとタチアナに謝りながら静かに退室した。

 アレクセイもまた上官であるドミトリーに続いたため、聖域内にはタチアナ一人のみが残され――夜の現在に至る。


 「カテリーナさんと……そのご家族は……?」


 「……残念だけど……」


 「そんな……っ」


 いずれ知れ渡る事であるため、アレクセイは持参した報告書の写しをタチアナに手渡した。

 タチアナの双眸に映り込まれた文字の羅列は、彼女にとって到底受け入れがたい事実を示していた。


 カテリーナ及び夫と娘の死因は"急性薬物中毒"――。


 ウィステリア病院にて警備監視の下、入院していたカテリーナの点滴からは致死量の劇薬が検出されたらしい。

 同じく自宅で待機していた夫と娘は、早朝に家の中へ入ってきた警備司祭により遺体として発見された。

 現場の状況は夫と娘は共に寝台の上で手を合わせて、眠るように亡くなっていたらしい。

要するに知らぬ間に"毒殺"されてしまったのだ。


 万全な警備であるはずの状況下で、犯人は如何にして侵入し密かに殺害を実行したのか。

 警察と警備部双方で真相解明は急務となっている。



 「どうして、死んでしまうの……どうして、命を奪うの……?」



 あの夜、カテリーナを危機一髪で救えたにも関わらず、彼女は再び狙われて、今度は守られなかった。

 タチアナにとってもカテリーナとその家族の死は衝撃である。

 姉の代理で二番目とはいえ、自分だって"聖女"であるはずだ。


 けれど、今になって己の無力さを痛感させられる。


 聖女である自分は人に寄り添うだけで、"命"を守ることも救うこともできていない。

 

 それで何が"聖女"なんだろう――何が、女神ウィステリアの分身なのだろう。


 「タチアナ――」


 アレクセイもタチアナの心中を察して思わず名前を呼ぶが、他にかける言葉が見当たらない。

 アレクセイには本当の家族も記憶も喪っているため、"こういう時"に相手をどう慰めるべきか対応に窮した。

 否、何故今更自分がそんなことを悩むのか、我ながら理解に苦しむ。

 今まで仕事上で誰かが亡くなり、その遺族が慟哭して打ちのめされていても、それらを景色のように淡々と見据えてきただけだ。


 それなのにタチアナ――この人の涙は、何となく苦手だ。


 エメラルドの瞳が涙で濡れ揺らぎ、悲しみに歪んでいる様を眺めていると、胸の辺りがざわめく。


 「どうしたらいいかな」


 「アーリャ……?」


 我ながら何を問いかけているのだろう。

 本当に自分らしくなくて、内心自嘲してしまう。

 アレクセイは無意識に伸ばした手を濡れた頬に触れさせる。

 エメラルドの瞳に自身の顔を映すと、小さな子どものように再び問う。


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