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『空色の少年』⑨
誰にでも"幸せ"に生きる権利はある。
ならば、"幸せに死ぬ"権利だって、あるはずだ。
愛する人の隣にいたまま。
愛する人が生きている間に。
愛しい思い出だけを抱いたまま。
悲しみも別れもない間に。
小さな苦痛のみ、一瞬で眠るように。
静寂の夜闇を彷徨う足取りで、けれど"私"は慎重に突き抜ける。
淡い月明かりを目印に手を伸ばせば、望んだ空間へと導かれる。
今夜は邪魔する者は誰もいない。
私には"彼の神"のご加護を与えられているからだ。
薄闇に浮かぶ白い寝台、そこに横たわって眠る人物へ迷いなく近付く。
薄いシーツから伸びた右手には細長いチューブが繋がれており、透明な袋から薬剤を点滴されている。
私は懐から注射器を取り出すと、細長く尖った針先を躊躇なく刺し込んだ。
さようなら、おめでとう。
安息の眠りに沈みながら逝けることに。
大切な夫との愛が燃えている内に。
大切な娘の未来と成長を夢見ている内に。
若く美しい女のまま終われることに。
汝に"幸福な死"を――。
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