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『空色の少年』③


 「けれど、お母様はずっと肺の病気を患っていたの……」


 タチアナが七歳になった月の事。

 幼いタチアナは母ヴァイオレットと共に聖域で、姉に贈る花冠を作っていた。


 最中、母は激しく咳き込みながらうずくまってしまう。

 心配したタチアナが駆け寄ると、母の手のひらから下の花びらへ滴った赤い血を見てしまった。

 タチアナは城の司祭達を呼び待つ間、蒼白になっていく母を腕の中で見送った。


 「お母様は私とお姉様に謝っていたわ……“ずっと傍にいてあげられなくてごめんなさい”って……血を零しながら……何も悪くなんかないのに……っ」


 タチアナは人の死が嫌だった。

 

 どうしても思い出してしまうからだ。


 あの日、敬愛していた母親を突然喪ってしまった悲しみと恐怖も。


 二度と瞳を合わして語り、触れることのできない寂しさと絶望感も。


 そして、自分と同じ苦しみを誰かが味わってしまうのが。


 双眸の奥に眠っていた深い悲しみを零すタチアナは、もう抑えられなかった。



 「ごめんなさい……っ」



 小さな子どもみたいに泣いてしまう自分に、タチアナは内心情けなさを覚えてしまう。


 母親が亡くなった後、姉アナスタシアの病状は悪くなり、常に寝台に伏せていなければならなくなった。

 聖王である父親も最愛の妻を喪い、胸が潰れそうな悲しみを掻き消そうとするように公務へ没頭した。

 

 だからこそ、第二聖女として姉の代わりを務めて、亡き母と父の期待に応えなければならない。

 自分がしっかりしなければならない。

 たとえ時折"聖女"という役割の重圧や、"今ここお母様がいてくれたら"という寂しさに押し潰されそうになっても。


 「君だって謝る事なんかないだろ……」


 ポフッと不意に穏やかな温もりに包まれたタチアナは、濡れていた双眸を見開いた。

 タチアナの語りへ静かに耳を傾けていたアレクセイの両手は、彼女の背中へ回されている。

 まさか抱き締められるとは想定していなかったタチアナは、驚きから軽く身を(よじ)ってしまう。


 「アーリャ……? いきなり、どうしたの……?」


 「タチアナが泣くから……泣く時は優しくするものだって聞いた……」


 「そう、だけど……でも……っ」


 「我慢しなよ……正直、優しくするって僕にはよく分からないから……少しは落ち着いてきた?」


 アレクセイは十五歳の少年相応の華奢な体躯だが、目の前の広く引き締まった胸も、逞しい両腕の力強さも、男性そのものだった。

 相手は自分より歳下の子どもなのに、変に意識してしまい、タチアナは心臓が高鳴ってしまう。

 しかも、アザレアでの夜に"あんな事"をされた後だと、尚更だ。


 「っ……全然、落ち着かないよ……っ」


 「でも、涙止まっているね。その代わり……心臓、けっこう鳴っているけど大丈夫?」


 アレクセイが指先で瞼に触れると、いつの間にか涙は止んでいた。

 けれど、それはアレクセイの突飛な行動への動揺で掻き消されただけに過ぎない。

 アレクセイと出逢い、彼と言葉を交わして共に行動してから未だ日は浅いが、タチアナの中で一つの結論は生まれた。


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