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『アザレアナイト』⑦


 「え――」


 アザレア店内の照明が一斉に落ち、目の前は真っ暗に染まる。

 突如停電に見舞われた店内に困惑と不安が波及する。

 店員達は落ち着くようにと声かけをしたり、ブレーカーを直しに行ったりする。

 周りでざわめいている客達同様、ただ立ち尽くすしかないタチアナは見えてしまった。



 「きゃあああ――!!」



 歌姫カテリーナの背後から揺らめく黒い影が、銀に光る何かを振りかざした瞬間を。

 しかし、暗すぎて顔はよく見えず、一瞬の出来事にタチアナは震えて声が出なかった。

 全てが小刻みに遅れているように感じる空間の中。

 窓ガラスが激しく割れる音と共に、店内は白い煙幕に包まれた。



 「待て――」



 アレクセイの冷静な声が聞こえたかと思えば、彼は抜刀した状態で颯爽と店から出て行った。

 警察官と司祭の一人もアレクセイに続いて駆け抜けていく。

 恐らく逃亡した人物を追っているのだろう。

 一方で店内に留まった司祭と警察官二人は、それぞれ応急処置と救助の要請を行い始めた。


 「どうか皆様落ち着いてください」


 「怪我人がいますので!」


 「どなたか長い布を持って来てください!」


 騒動の渦中に集まる客人達の狭間から見えたのは、床にうつ伏せで倒れているカテリーナの姿。

 ドレスから露出した背部には、包丁が深々と突き刺さっている。

 カテリーナの顔がみるみる青白くなっていく様を目の当たりにしたタチアナは、その場で膝をついた。


 「タチアナ? 大丈夫ですか」


 「っ……ぁ……」



 "あの時"と同じだ……。


 "あの時"も体がみるみる青白く、冷たくなっていって……。


 両目を閉じたら最後、二度と目覚めてくれなくて……。


 口から真っ赤な血が溢れ出して……。



 「……ここから離れましょうか、タチアナ」


 顔面蒼白で今にも死にそうな表情で震えているタチアナを、イヴァンはさりげなく抱き寄せた。

 タチアナの異変に気づいたイヴァンは、彼女をそっと抱え上げると静かに店を後にした。



 「タチアナ」



 イヴァンの両腕に抱かれながら、夜風に当たっている間に、タチアナの震えはようやく落ち着いてきた。

 アザレア公園内には人気はあまりなく、月光に艶めく赤紫と純白、ピンクの花々にも心が安らいでいく。

 ようやく我に返ったタチアナは自身を恥じるように、弱々しく口を開いた。


 「ごめんなさい……取り乱してしまって……カテリーナ様が大変だというのに……っ」


 背中をナイフで貫かれ、血を流して倒れていたカテリーナは無事では済まないはずだ。

 最悪の未来を想像してしまい、それが"あの時"の記憶と重なり、タチアナの双眸に滴が浮かびそうになる。


 「きっと大丈夫ですよ……タチアナ」


 イヴァンはタチアナを慰めるように両腕で優しく抱き締める。

 今のイヴァンには過去を消し去る術もなく、カテリーナの命が必ず救われる保障もできない。

 ただ、イヴァンにとって確かなことはある。


 「何があっても、私はタチアナから離れたりしませんので……」


 「イヴァン様……っ」


 イヴァンだけは、タチアナの前からいなくなったりしない。


 約束に絶対は存在しない。

 双方が共にそれを理解しているうえで、イヴァンは強い決意を囁いてくれた。

 タチアナは心が熱を帯びていき、恐怖は涙となって零れ落ちるのを感じた。


 「タチアナ……」


 切なげな甘い吐息に名を溶かしたのを合図に、二人は自然と唇を重ねた。

 タチアナの無垢な涙は二人の唇へ伝い、どこか狂おしい味わいを生み出す。

 今夜の口付けもまた"おまじない"でありながらも、いつもより長く深いものだった。

 改めて自然と、それでもどこか名残惜しげに唇を離した二人は、静かに瞳を合わせて微笑んだ。


 

 「――それでは、名残惜しいですが、今夜はここで」


 「イヴァン様?」


 「また会いましょう、タチアナ。今宵も良い夢を――」



 あなたの騎士(ナイト)に叱られそうなので――。

 

 苦笑気味に囁いたイヴァンはそっとタチアナから離れると、指を鳴らした。

 瞬間、アザレアの花びらと共に強風が舞い、視界が一瞬妨げられる。

 次に双眸を開いた時には、イヴァンの姿は消えていた。

 夜闇と花の鮮やかさを見つめながら、記憶の中のイヴァンを探っていると――。



 「――何しているの?」



 急に後ろから肩を掴まれたタチアナは、驚きに振り返った――。


 *


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