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第一話『聖女様と僧侶と』①

 聖ウィステリア――。

 花の国と謳われる大地には、溢れんばかりの花々と笑顔が咲いている。

 聖ウィステリアを統治するのは、聖なる王族であるウィステリア家。

 

 ウィステリアの地に春の陽射しと草花の恵みを賜った"花の女神ウィステリア"――その生まれ変わりとして、代々ウィステリア家に生まれた女性は"聖女"として国を愛し統べる。


 現在は百代目聖女アナスタシア・ウィステリアが、国の第二主に座している――形だけは。


 「慈悲深き女神様――この地と生ける命全てに恵みと救いを与え給え――」


 薄紫の藤が咲き伝う白亜の王城の片隅に建てられた小さな聖域――花の聖域フラワーサンクチュアリ

 透明な水晶造りの天井と壁からは星空と月の輝きが降り注ぐ。

 廊下と広間には、空色のネモフィラが辺り一面にまで咲き満ちる。

 藤の花が天蓋となって枝垂れ咲く寝台の上に、家主――タチアナは待ち侘びていた。

 今日もこの地に生きる民と愛する家族の幸福を祈りながら。


 "第二聖女"タチアナ・ウィステリア――十八歳。


 ウィステリア王家の次女として生まれたタチアナは、幼き頃から何不自由なく無垢に育った。

 それでいて色褪せない心優しさを抱く純粋無垢な女性として、民に慕われている。

 さらに白銀の月さながら輝く長い髪に、エメラルドグリーンに澄んだ瞳、真珠色に整った肌に、桜色に艶めく唇は、タチアナの清らかな美しさを象徴している。

 まさに“表向き”は聖女らしい聖女であるタチアナだが――。


 「――今宵も月が美しいですね、タチアナ」


 双眼を閉じながら手を合わせて祈っていたタチアナの耳朶を、甘く透る声が撫でた。

 気配も足音なく現れたのは、深い藤色のマントとフードで全身を覆った長身の男。

 マントの下には僧侶の証である白い長袖の衣、と藤の紋章のペンダントが覗いている。

 僧侶にしては妖しげな雰囲気を醸す男が神出鬼没に現れても、タチアナは動揺せず、むしろ晴れやかな微笑みを咲かせる。

 

 「今夜も来てくれましたね――イヴァン様」


 イヴァン・グラジオス――。

 職業は"僧侶兼薬師"である、二十二歳の青年。

 僧侶として祈りと救済の教えを説くと同時に、薬によって人々の健康増進にも貢献するという珍しい人材だ。

 若くして優れた能力と人徳を持ち合わせたイヴァンの存在は、街中に知れ渡っている――にも関わらず、不思議なことに、本人の素顔を鮮明に記憶している者はごく僅かとのこと。

 タチアナ自身は、イヴァンと直接的な関わりを保っている数少ない人間の一人だ。


 「今宵も祈りを捧げていたのですか、愛する民と姉君……アナスタシア様のために」


 甘く澄んだテノールが奏でる言葉、羽根のように舞い降りた声色。

 イヴァンの香り立つような柔らかさと慈しみを感じ取れたタチアナは、嬉しそうに微笑む。


 「はい、そうですが……何よりも、あなた様を待ち焦がれてもおりました」


 真の心から零れた本音だった。

 何故なら、この神出鬼没な僧侶様だけが知ってくれている。

 病弱ながらも民と家族のために祈りを止めぬ姉の慈愛と献身に対する、タチアナの敬愛と憂いも。

 姉に代わって公務に出席し、民へ祈りと笑顔を咲かせるタチアナの使命感と重圧も。

 何よりタチアナの心に潜在する、寂しさと願いを。


 「僕もタチアナと逢いたくて、こんな所にまで"迎えに参って"しまいました」


 今夜もイヴァンは手を差し伸べながら、頭巾の下から優しく微笑んでくれる。

 

 「いいのです――今宵も案内してくださいますか?」


 真紅のグラジオス色に澄んだ瞳に吸い寄せられるように、タチアナは差し出された手を迷いなく取った。


 「タチアナの願いであれば、喜んで――」


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