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第四話『アザレアナイト』①

 心の底から幸せでした。


 この美しい世界へ生まれてきて。


 いつも温かくて、常にお腹は満たされていて。


 愛する家族と共にいられて。


 嫌なことも悲しいこともなく。


 孤独も寂しさもなく。


 本当に幸せな人生でした。




 "大好きなあなた"を喪うまでは――。



 *



 昼間の視察から城へ帰った後。

 タチアナは自室の聖域へ戻され、アレクセイは一人で何処かへ行ってしまった。


 丁度午後三時頃だったため、せっかくだから、とアレクセイをアフタヌーンティーに誘ってみた。

 それなのにアレクセイは「他にやる事があるから」、と冷淡に突っぱねた。

 しかも、独自調査中に何か分かった事はないか訊いてみても「教えられることはない」、と誤魔化すばかりだった。


 アレクセイの言動から彼は嘘をついている、と察したタチアナは手伝いたい、と喰らいついた。

 それでも取り付く島もなく、アレクセイは「しつこい」、とだけ言い残してタチアナを置いていった。

 結局タチアナは何の情報も共有させてもらえず、いつもと変わらない一人寂しいアフタヌーンティーを味わう羽目になった。


 『申し訳ございません、タチアナ様。きっと、アレクセイ殿も何か考えがあってそうされたのだと思いますよ』


 現在時間の門番を務める司祭・エメーリャも、申し訳なさそうに眉を下げて苦笑を浮かべるのみだった。

 エメーリャは栗色の短髪に緑の瞳を持つ三十代後半の青年であり、最近アレクセイの部下になったらしい。

 アレクセイが護衛に付く以前からも、時々門番として顔を合わせることも多く、親近感を抱いている。

 それにエメーリャという名前や物腰柔らかな言葉使い、温和な微笑みから、どことなく懐かしい感じを覚えるのだ。

 最初はエメーリャに話し相手になってもらい、仕事中のアレクセイについても色々と詳しく聞いてみたいと思った。


 『申し訳ございません。大変お気持ちは嬉しいのですが、私は門番の務めをしっかりと果たさなければなりませんので……』


 しかし、残念ながら聖女とのアフタヌーンティーのお誘いは恐れ多かったのか、エメーリャは困った微笑みで首を横に振った。

 かくして、タチアナは以前とまた同様に一人寂しく聖域で日中を過ごす羽目となった。


 ひどい、あんまりだわ。


 諦めたくないって真剣に伝えたはずなのに。


 アレクセイとも、たくさんお話したかったのに。


 事件の事だけじゃなくて、アレクセイ自身のことも、もっと知りたいのに。


 とっておきのアフタヌーンティーを共に楽しみながらでも、そう思ったのに。


 何だかんだ言いながらも調査に協力してくれたアレクセイが、自分には何も話してくれない。


 自分は役に立たない、と仲間外れにされたような、信頼されていないようで、タチアナは悲しくなった。


 確かにタチアナは名探偵のように優れた頭脳や推理力もなければ、知識や経験も不足している。

 実際、被害者宅と関係者へ聴き取りに行った所で、タチアナの中では事件の真相や手がかりを掴めた気はしなかった。

 唯一の収穫といえば、被害者とその家族は共通して"善良"で"幸福"と評判の良い人間だったこと。

それ故に、事件の凄惨さともの悲しさが増したことくらいだ。


 すっかり夕日も沈み、晩餐も聖域で一人寂しく済ませたタチアナは、早々に湯浴みをして寝台に身を沈ませる。

 透明な水晶越しに煌めく星空を眺めながら逡巡している最中。

 聖域の中庭を満たす花々の香りと気配が一瞬濃くなったのを感じた。




 「こんばんわ――タチアナ」




 寝台へ歩み寄ってきた気配は、タチアナが待ち焦がれていたものだった。




 「イヴァン様――っ」




 決して聞き間違えることのない甘い声を耳にした途端。

 タチアナは喜びに心舞い上がると同時に、今の無防備な自分に気付いて萎縮してしまう。

 寝台に寝転がっている姿を見せてしまうなんて。

 恥じらいから、あいさつよりも先に意味もなく謝罪の言葉をこぼしてしまう。



 「ご、ごめんなさい」


 「何故? 私こそ"了解(ノック)"もなく訪ねてしまい、申し訳ありません。ですが、猫の様に可愛らしいあなたの姿を見られたのは僥倖です」


 イヴァンなりの気遣いだろうか。

 ノックも何も普段から音もなく現れるため、今更の様に思える。


 クスクスと柔らかな笑みを零しながら、双眸を細める様子から、タチアナの反応を楽しんでもいるようだ。

 どう応えていいかよく分からなかったタチアナは、素直な想いをそのまま吐露してしまう。


 「そんなことっ。むしろ、私は待ち焦がれておりました」


 「おや、それは嬉しいですね」



 丁度、"約束通り"今夜はあなたへ特別な贈り物をしたかったのです――。



 不意にタチアナを寝台から抱え上げたイヴァンはそう囁いた。

 心当たりのあるタチアナは目を輝かせながら、溌剌と答える。


 「では、今夜はついに――」


 「ええ。今からご案内いたします。しっかりと私に掴まってくださいね」



 タチアナは言われた通りにイヴァンの首へ両手を回し、夜風と気圧に振り落とされない様にする。



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