『聖女様の独自調査』⑤
「どうして、あんなこと言ったの」
プラムストリート公園の芝生を突き進む中、隣を歩いているアレクセイは問いかける。
先程タチアナが女給仕長へ告げた言葉の事を示しているのは伝わったが、質問の真意は読めなかった。
そのため、タチアナは自分の正直な想いを穏やかに答えた。
「もちろん。私はあの女性を信じているから、少しでも心を軽くできるのなら、ああ伝えるべきだと思ったの」
「それで、もしもあの女性が嘘をついていたらどうするの?」
二度目の問いかけを耳にしたタチアナは、ようやくアレクセイの言いたい事を理解できた気がした。
警察の人間だけでなく、アレクセイもまた彼女を疑っているのだ。
だからこそ、容疑者として怪しい彼女を何故あそこまで信じられるのか、アレクセイは知りたかった。
「彼女の瞳を見ればそんな気がしたの……」
「仮に彼女が犯人だったとしても?」
「それでも……彼女のような人ならば、そこに必ず"理由"があると思う。たとえ罪を消すことはできなくても」
「理由……」
「そもそも一家全員が皆亡くなり、親族もいなくなった場合でも、財産は使用人達には一切行かないわ」
「どこへ行くの」
「国の税金として徴収されることになると聞いたわ」
なるほど。
そもそもの問題として、仮に親族がいなくなったとしても当然ながら他人へ財産権は決して下りないものだ。
それよりもアレクセイが未だ理解し得ないのは、タチアナの真っ直ぐな確信と理解だ。
タチアナは彼女と初めて対面し、言葉を交わしただけで、彼女は誠だと信じた。
仮に自分の勘が外れたとしても、それに対して失望や怒りではなく、理解しようとする慈しみすら見せた。
たとえ"今"のアレクセイでも、痛いほど知っているつもりだ。
人は裏切るし嘘をつくことも。
人は裏切りを許さず、傷つけられれば怒りから報復を考えることも。
けれど、タチアナはそうならない、とのこと。
それは聖なる城に守られて育ち、世界の残酷さや人の痛みとは無縁だからか。
それとも、タチアナの生来の純粋さと慈愛がそうさせるのか。
一体何がタチアナを"そうさせている"のか。
やはり自分はタチアナに対して、聖女としても興味を抱きつつあるのかもしれない。
「……なら、是非君の見解ももう少し聞いてみたいな」
そうならば、今この感覚を見逃さなければ、"答え"に辿り着けるのかもしれない。
そのためには、自分も動くべきだ。
「もう一度、行きたい場所があるんだ」
淡々とした表情を変えずにアレクセイが指先で示したのは、クリサンセマムストリートへ続く方向だった。
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