『聖女様の独自調査』④
「こちらでございます」
プラムストリート公園の林奥に建つのは、一軒の白い煉瓦造りの屋敷。
荘厳な黒鉄の柵に囲われた中庭には、屋敷を中心に梅の花樹が咲き立ち、可憐な霞草が舞っている。
石畳の道を渡った先にある扉がゆっくりと開かれる。
今回タチアナ達を案内してくれたのは、鍵と屋敷を管理している壮年の女給仕長だ。
ちなみに事件当日の夜、給仕者達は皆既に退勤し、女給仕長は丁度休暇で旅行していたとの事。
ベビーブレス一家で被害を免れた給仕者達は警察の事情聴取を受け、実家に帰っていったらしい。
唯一残された女給仕長は、遺されたベビーブレス家の管理処分や手続きに追われ、一人屋敷に残っているらしい。
「心からお悔やみ申し上げます……」
「ありがとうございます……きっと旦那様と奥様、皆様もお心救われる事でしょう……聖女様直々に祈っていただけるなんて」
「ベビーブレス様のお話は予々耳にしておりました。恵まれぬ子ども達にも、本当にお優しい方々だったと」
「ええ……おっしゃる通りです……なので、どうしてこんな事になってしまったのか、我々も……っ」
女給仕長曰く、ベビーブレス家当主は慈悲深く、童話作家としての活躍に止まらず、市内の救貧院への寄付や慈善活動にも積極的だったらしい。
国の救貧制度や税金のみでは限界だった福祉の部分を補ってきたという意味では、貴重な存在が一つ欠けてしまったようなものだ。
「旦那様は我々給仕者にも非常に優しく、身寄りもお金もなかった我々に仕事と居場所を与えくださった……そんな方をどうして裏切れるのでしょうか」
「それは、どういうことですか」
「警察の方々は疑っているのですよ……我々給仕者の誰かが、財産目当てに旦那様達を手にかけたのではないか……と」
「そんな……っ」
女給仕長の不穏な言葉に、アレクセイは沈黙し、タチアナは絶句する。
アレクセイ自身は、警察が容疑を向けるのも、職業病を差し引いても無理はないと思った。
一家惨殺の夜に給仕者全員が不在だったというのも、出来過ぎた偶然のように思えるからだ。
給仕者の内、邪心を抱いた者がいれば強盗を犯す者がいてもおかしくはない。
アレクセイは知っている。
たとえ、忘れていても、憶えている。
人とはどういうものか。
人が何かの拍子に狂ってしまえることも。
人がいくらでも残酷になれることも。
「私はあなたを信じます……」
タチアナの澄み渡るような声音で紡がれた言葉に、ついに女給仕長は涙ぐんでしまう。
アレクセイは瞬きを繰り返しながら、タチアナ達の会話を静かに見守る。
「本当でございますか……?」
「はい。仮にあなたが酷い事をしたのであれば、疑いをかけられても主人亡き後の屋敷を懸命に守ることはしないでしょう?」
「っ……ありがとうございます……聖女様にそう信じていただけるだけで、心救われます……っ」
決して気休めでない、根拠と確信に満ちた物言いと眼差しを向けるタチアナ。
それまで気丈に佇んでいた女給仕長は、張り詰めていたものが緩んだ様に咽び泣いた。
彼女の涙と主への忠義にかけて、タチアナは決意を改めたように答える。
「きっと私達二人で事件の真相に辿り着いてみせますので、どうかご安心ください」
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