『聖女様の独自調査』②
「それでは気を取り直して、少し休憩もかねて行きましょうか。アーリャ」
「行くって……今度はどこに?」
「このストリートおすすめの料理があるらしいの。付き合ってくれるかしら」
「まあ……丁度お昼時だし、タチアナが言うのならいいけれど……」
「なら急いで行きましょう? 人気らしいから」
「はあ」
花の笑顔を咲かせて手を取ったタチアナに合わせて、アーリャは軽く呆然としながら付いて歩き出す。
木造立ての建物が並ぶ道狭間を歩くこと数分。
二人が辿り着いたのは、一キロメートルほどの行列を成している屋台の一つだった。
屋台の看板には大きく『焼きたて! 菊の花団子』と刻まれている。
何なのかよく分からないアレクセイ、目を輝かせているタチアナは、支払いを済ませて商品を受け取った客達を眺める。
彼らの両手に抱えられた笹皿には、甘い湯気の立ちこめる焦げ目のついた白い団子に、亜麻色に透き通るソースが垂れかかり、小さな菊の花が飾られている。
「何なのこれ」
「わあ……これがクリサンセマムストリート名物の菊の花団子なのね! 焼きたてのお餅に甘辛い醤油ソースか黒蜜ソースをかけて、上には菊の花の砂糖漬けが乗っているの! 実物見ると本当に美味しそう~」
困惑しているアレクセイを余所に、興奮気味のタチアナが彼の手を引くと、あの長蛇の列へ迷わず飛び込んでいく。
何が何だかよく分からないアレクセイは、タチアナに流されるまま付いていくしかない。
結局、おやつのような昼食なのか微妙な食べ物を買うためだけに二十分ほど並んだが最後、アレクセイは氷のようにクールな表情に少しの疲れの色を宿していた。
「わあ、美味しい~っ。熱々のもちもちに甘~いソースと菊花の食感もたまらないっ。アーリャもお味はどう?」
「……美味しい……」
まさしく花より団子、ほっぺたが落ちそうという表現が似合うほど、団子を含んだ頬を紅潮させ、蕩けそうな笑顔で頬張るタチアナ。
アレクセイもまた自分の分の団子を含ませると、焼きたての餅の食感と暖かさ、甘辛いソースの絶妙な味わいが口に広がっていくのを感じた。
「よかった! 私、一度はここの屋台を食べてみたかったの。初めて一緒に食べたのが、あなたでよかったっ」
タチアナの天真爛漫な笑顔、初めて味わう屋台の団子の美味しさ、そして誰かと話しながらの食事に、アレクセイは懐かしさに似た温かさで胸が満たされていく。
そうしていると、行列と人混みの窮屈さや疲労も、なんだかどうでもよくなってきた。
「では、次の目的地に桜焼きおにぎりがあるの! 行ってみましょうよ」
「まだ食べるの」
「アーリャもまだお腹空いているはずでしょう。男の子なのだし、もっと食べていいでしょう」
「タチアナはどうなの」
「わ、私はいいのよ……まだ、育ち盛り? だし」
タチアナの言い分にアレクセイは物申したくなったが、彼の鋭い直感からここは流しておくべきだと判断した。
タチアナは再びアレクセイの手を繋ぐと、無邪気に駆け出した。
次の目的地であるチェリーストリートへ向かう道中も、タチアナは小物屋やアクセサリーショップ、紅茶店、花屋など、気になった店や建物の中へ自由に足を運んでいた。
すっかり街中を楽しく散策するタチアナに、アレクセイは初心を忘れているのでは、と内心呆れる。
それでも、聖域で見せたものとは比べものにならない無邪気な笑顔を浮かべてはしゃぐタチアナの姿を見つめるアレクセイの瞳は不思議と穏やかなことに、彼自身は気付いていなかった。
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