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7.冷めない熱

本日7話目の投稿です。

 カイルは自分でも分からない衝動で、村の外れに足を進めていた。

 店を出た時にはまだ日があったが、リーナの家につく頃には随分と黄昏れていた。

 戸口に立つと、どんどんと扉を叩く。

 家の中の気配を窺うが、人がいるような感じは無かった。まだ村人の言いつけに村中を走り回っているのだろうか。

 会ってどうするとかは全く考えていなかった。

 だが、リーナの口から今の生活が嫌だと聞いたら、老婆が言ったように攫って行ってもいいと思った。恐らくどの街でも、今のこの村よりはマシではないか、と。

 でもその後は?

 自分はリーナを連れて魔物狩りをするのか?

 そんなことは出来るはずもないので、誰か信用の置ける人間に託すしかないだろうと思う。それこそ、自分から離れた仲間に託すのも厭わない。

 きっと働き者のリーナなら、商家でも飲食店でも雇ってもらえるに違いない。住み込みでも王都ならばたくさん職はあった。

 そして、「勇者」である自分の推薦があれば。

 そう考えてみるが、狭い辺境の村しか知らない親の無い子供が、急に都会に出てつつがなく暮らせるかと言えば不安が残る。

 良くも悪くも、ここは人目がある。王都はここほど治安は良くないのが現実だ。誰かが傍についていなければ、社会の闇の格好の餌食になる可能性は低くない。

 むしろ、呪いなど無いと村人の誤解を解いて、このままここで暮らす方がリーナにとっては良いことなのか、と考えるが、この二、三日見聞きした村人の態度では、そんな劇的な変化は望めないような気がした。

 いっそこのままこの村に留まり、リーナを虐げるようになった原因を探ろうか、とも思った。雑貨屋の老婆が言っていたように、リーナの周りで何か秘匿されるべき何かが起こったと思われるからだ。

 そこでハタと自分の目的を思い出す。自分は「迷宮」に入らなければならないのだった。

 呪いを解かなければ、このままでは自分は他人と共にいることが出来ないからだ。何を順番をとち狂っているのか。

 自分でも原因は分かっている。リーナの今の生活が、昔の自分とあまりにも似ていたからだ。幼い自分とリーナを重ねて、他人事と放っておけなかった。

 加熱する思考に、戸口に腕を突いて、そこに額を当てる。しばらくそうしていると冷静さを取り戻してきた。

 ここでずっと待ち続けるのもリーナの迷惑になると思い、今日買った飴ともらった腕輪を入れた袋を玄関先に置いた。

 それでは誰だか分かるまいと思い、先ほど買い足したランタンを隣に置く。最初に出会った時にカイルが壊してしまったものだ。弁償にと買って来たものだが、リーナならこの意味を分かってくれると思った。

 後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。

 また、明日ここへ来よう。すべてはリーナと会ってからだ。


※※※※※※


 リーナは、自分の家から遠ざかる黒っぽい服を着た人物の背中を見ていた。

 カイルさんだ。

 一瞬会いに来てくれた喜びに顔を輝かせるが、ふとラウラの顔を思い浮かべてその喜びを抑えた。カイルと自分が会うことを、村長一家は良く思わないに違いない。

 波風を立てては駄目だ。

 リーナは揺れる心情を必死に落ち着かせた。

 家の前まで来ると、玄関先に何かが置いてあるのが分かった。近付くと、それは村の雑貨屋の袋に入った何かと、その横に置かれたランタンだった。あの嵐の夜に壊れたランタンを、カイルは律儀に弁償してくれたらしい。少しクスッと笑ってしまったが、もう一つの包みを開けてビックリする。

 そこには、雑貨屋でいつも綺麗だなと思っていた飴と、小さな石の付いた腕輪が入っていたからだ。

 これを、わたしに?

 そう思った瞬間、湧き上がって来た感情に、思わず息が止まった。

 いけないと思って、慌てて家の中に入るが、玄関の扉を閉めたところで限界だった。

「うっ……う」

 抑えても抑えても涙が溢れ、喉元から嗚咽が込み上げてきた。

 玄関の扉に付けた背が、ズルズルと下がっていく。ストンと床に着くと、ギュッと菓子と腕輪が入った袋を抱きしめた。

 誰かから贈物をもらうのはいつぶりだろう。

 今まで寂しさや辛さを感じないよう、冷え固めていた心が動くのを感じた。

 綺麗な顔立ちなのに無表情で、ぶっきらぼうにしか話をしない人なのに。リーナを見る紅い目はとても優しかった。そして、自分の名前を呼んでくれた。

 きっと年相応に見られていないと分かっていたが、それでも嬉しかったのだ。

 カイルにとってはほんのお礼のつもりだろうし、深い意味などありはしない。そう思うのに、ほんの少しの優しさに触れただけで、弱いリーナの心が解けてしまった。

 忘れることなんて出来ないと思った。

 でも相手は自由組織の中でも銀級という高い地位にいる戦士だ。ここに留まることは無いし、中央に帰ればそれこそ引く手数多であろうことは想像に難くない。リーナのような平凡な女など、こんな辺境で、あの嵐の夜のような偶然が無ければ目に留まることも無い。

 それでも、想うだけなら自由だ。

 ほんの少し優しくされた思い出だけで、自分は十分だ。

 たった一晩宿を提供しただけの人間に、こんな風に思われるのは迷惑だろう。だから、もうカイルに会うことはしないと決めた。会わなければこの熱もきっと冷める。

 きっとそのうち、風邪のような一時の熱だったと、この想いを懐かしく思える日が来るだろう。

 そう思える日が一刻も早く来てくれることを切に願った。

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