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6.呪われた娘

本日6話目です

 その日は、村長の妻と次期村長である長男、最初にあった娘の妹である末の子と引き合わされ、ずっと家族が代わる代わるする話に付き合わされていた。

 父親はどこそこの中央に近い領主の次男だかで、領地経営の手腕を買われて国からこの村を任されたと言っていた。母親は、近隣の豪商の娘だとかで、組織の誰それと知り合いだとか、この村が物資豊かなのは自分のおかげと言った話をし、昔は街でも評判の容姿だったとか。跡取りは母親似の優男だが、自分よりも容姿が優れたカイルを前に不機嫌そうだったが、どこそこの誰が自分に気があるとか、誰の家の剛力自慢は自分の手下だとか、そんな話をしていた。下の娘は家族の中では小柄だが、上の娘によく似ていて、カイルは別々に話しかけられたら区別する自信がなかった。話す内容も姉と同じで、二人を区別することは早々に諦めた。

 鍛錬を欠かしたくないと言って外に出してもらった時には、上級の魔物と一戦交えた程度には疲労が蓄積していた。

 外に出ても娘たちは一緒に付いてくる。剣を振っていればさほどその視線も気にならないが、休憩を入れればすぐさま甲斐甲斐しく擦り寄られる。晩餐も村長の長い話と、娘たちを売り込む母親の攻撃で胃もたれたするようだった。

 昨日の夜よりも遥かに豪華な食事だが、少しも味を感じなかった。

 夜になればようやく宛がわれて部屋へ避難できたが、ここへ忍び込まれれば目も当てられないので、愛用の剣を戸口に立てかけて扉の取っ手に括りつけて開かないようにする。結構名のある剣なのだが、可愛そうな使い方をされて心なしか不満そうに見える。

 気付けば気疲れで寝台にドッと倒れ込んだ。すると、服から爽やかな香りがして、リーナが服を乾かす前に付けたと思われる石鹸の香りだと気付いた。

 不謹慎だが、リーナが一人で暮らすあの家は静かで居心地が良くて、あそこに戻りたいとふと思ったのだ。

 次の日は、いつでも出発できるよう、物資の調達に村の雑貨屋を訪ねることにした。

 それもまた娘二人が付いてくることになったが、あの敷地内に囲われているよりはマシだと思うことにした。

 雑貨屋へは真っ直ぐたどり着くことが出来ず、姉妹に村のあちらこちらを引き回された。村で一番の食堂やら仕立て屋やら、果ては恋人が語らう丘だかに連れて行かれ、その度にすれ違う村の同年代の娘たちに、カイルを見せびらかすように引っ付いたりした。

 その日は結局雑貨屋には辿り着かず、また気の滅入る晩餐を凌いだ後、疲れた身体をベッドに横たえ、泥のように眠った。今日も剣を鍵代わりにして。

 その次の日も同じように娘たちの案内攻撃は続いた。夏の日差しの中、娘二人にぶら下がられたカイルはいい加減キレそうになるが、それをグッと飲み込む。それよりも腹立たしい光景が目の前にあったからだ。

 目の前の小径をトコトコと小走りに行く小柄な影に目が行く。明るい髪色は、茶色の髪が多いこの村ではやけに目立った。リーナだ。

 リーナは村人に呼び止められると、何やら用を言い付けられている。ただの頼まれごとならカイルも目に止めるだけだったろうが、その様があまりに酷く、怒鳴りつけるように用を言い付け、返事が遅いものなら更なる叱責が飛んだ。それをリーナは諾々と聞いている。

 その次に行った場所でもリーナは用を言い付けられていた。そこでもまた同じような扱いだった。それでも彼女は反抗の意志を見せない。

 知らずカイルの表情は険しくなる。

 それに気付いた姉が、カイルの袖を引いて尋ねてくる。

「カイル様、どうなさったんですか?」

「あの娘は、何故あのような扱いを受けているのだろうか」

 そう言ってカイルが見やった先を確認し、あからさまな侮蔑をその顔に宿した。

「ああ、カイル様を案内した子ですね。あんな子のことなどどうでもいいじゃありませんか」

「そうですよ。時間の無駄です」

 姉がリーナを乱暴に扱っていたことは知っているが、妹も同じようなものらしい。

「しかし、あの扱いはどう見てもおかしい」

 カイルの興味を攫ったのが気に食わないのか、姉妹は更に言い募る。

「いいんですよ。本当は村に入れるような人間じゃないのに、わざわざ置いてあげているんですから」

「そうです。卑しい子なので、きっとカイル様を案内したのだって、何かを恵んでもらいたいか気を引きたかっただけですよ」

 さすがにその言は聞き逃せなかった。

 腕に取りつく姉妹を振りほどくと、底冷えするような視線を向ける。姉妹は何がカイルの勘気を誘ったのか分からず、ただ竦み上がった。

「あの雨の晩、俺に温かい寝床と食事を与えてくれたのは、あの娘だけだった。それにあの娘は俺に何も求めなかった」

 あの日、目の前の娘たちの家の戸も叩いたのだ。それに思い当たったのか、姉妹が気まずげな雰囲気で黙り込んだ。だが、何か言い訳を思いついたのか、姉が必死に言い出した。

「それは、カイル様がいるとは知らなかったのです。それに、あの子は人に迷惑を掛けることを平気でするので、その、悪戯かと思って……」

 カイルが見たリーナと、姉妹が語るリーナとでは別人のことを話しているようだ。

 リーナが演技でカイルに良い面を見せていたのか、それとも村人が誤解をしているのか。

 いずれにしても、年端もいかぬ子どもがしでかすことなど高が知れている。それをあれ程までに酷い扱いを受けるのは納得がいかない。

 あれではまるで、そう、奴隷のようではないか。

 カイルの怒りが分かったのか、それでも言いたいことが抑えられないのか、妹が不快感に任せて声高に言った。

「あの子はいいんです。だって、呪われた『不幸を呼ぶ娘』だから」

 呪われた、という言葉に一瞬反応するが、それよりも「不幸を呼ぶ娘」とは穏やかではない。

 確かに世の中には、間の悪い人間がいる。それは間遠に一度や二度程偶然に起こるもので、呪われているという程複数続くような時は大概悪霊の類が憑いていて霊障を起こしているものだ。勇者たる自分にはそれが見えるのだが、リーナについては絶対にそんなことは無かった。むしろ気配は驚くほど清浄だった。

「本当なんです。あの子の周りではたくさんの人間が死んでいるんです」

 姉妹に本当に人が死ぬところを目の当たりにしたのか尋ねると、自分たちは見ていないが親たちがそう言うのだと言う。そして、それは具体的な人の名前を伴って語られる。

 先ほどリーナを小突くように用を言い付けた老人の息子や、その先に住む猟師の親方など、壮年期の働き盛りが亡くなったようだ。それも何度も続いたという。だが、どういう経緯なのか、子供たちは詳しくは大人から聞いていないようだ。ただ、リーナを遠ざけるようになってからは誰も死んでいないため、村人の扱いは間違っていないのだと言う。

 だからリーナには誰も近付かないし、早く村を出ていくように邪険に扱う。近付かないように用を言い付けて遠ざける。大人たちが行うそれが、いつしか子供にも伝染し、リーナを体のいい奴隷のように扱うことに罪悪感が湧かなくなったのだろう。

 酷い負の連鎖だとカイルは思った。

 確かにきっかけとなる痛ましい事件なり事故はあったのだろう。だが、それを偶然であると正す人間が誰もいなかったのが災いしたと思われた。

 呪いなどというのは、カイルが受けたようなものを言う。余程の恨みを抱く人間か、力ある存在が掛けるもので、気力も魔力も恨みも相当強いものを持たないと出来ない。高々辺境の村娘一人にそれほど大層な想いを抱かせるような事象などあるものかと思う。

 何にしても胸糞の悪い村だった。自然の恵みも豊かで、街との繋がりも太く、辺境としては最上級に栄えた村だが、それは見せかけの表面だけの豊かさだ。人の心があまりにも貧しかった。

 カイルは「もういい」と姉妹を振り払って、一人で目的地へ行くことにした。姉妹はやはりカイルの怒りの原因が分からずに泣きそうになっていたが、それに構わず先を急いだ。

 目的地は目前だったらしく、分かりやすい看板が掲げてあったこともあり、難なく辿り着いた。広い間口の店で、戸を潜ると所狭しと日用に必要なものが並んでいた。

 その奥には店番らしい老婆が一人座っていて、カイルを見ると人懐っこく「いらっしゃい」と声を掛けてきた。人のよさそうな老婆で、よいしょと立ち上がると、足が悪いようなのにこちらに来てくれた。

「見ない顔だね。旅で何か入用なのかい?」

 腰が曲がっていて、自分の胸程もない老婆の優し気な声に、先ほどの不快感が少し和らぐ。

「保存の効く食糧と、薬の類、それと……」

 少し辺りを見回して、ふと棚の上にある小瓶に入った色とりどりの飴が目に入った。年頃の娘が好きそうな見た目だった。

「あれを」

 指差した先を見て、老婆は「おや」というように垂れた瞼を大きく開けた。

「あれ、まあ。何ぞ可愛い女の子にでも贈物かい?」

「いや、世話になった娘がいるので、手土産に」

 受け流せばいいものを、真面目に答えるカイルに気を良くしたのか、老婆は「じゃあ、これも付けようかね」と言って、綺麗な緑色の糸で編んだ小さな腕輪を持ってきた。おまけでくれるらしい。輪の先にはそれぞれ小さな青と赤い石が付いている。「あんたさんなら、こっちかねぇ」と言って赤い石が付いた方を出された。それは、自分の纏う色を恋人に贈る習慣からと気付いて、カイルは慌てて違う方の石を選んだ。違うと言っても、老婆はどうしてもカイルが恋人に贈るものと決めつけている節がある。

 訳の分からない汗を掻きながら、他に幾つか旅支度に必要なものを見繕っていく。

 辺境の地なのに、中々希少な素材を使った薬が揃っていて、満足のいく買い物になった。

 買い物を終えようとした時に、開け放たれた入り口を横切る影があった。それを見て老婆が「またかねぇ」と、渋そうな声を出した。後ろ姿だったが、それがまた用を言い付けられて走るリーナだと分かった。

「また、とは?」

 興味を引かれて思わず尋ねていた。

「いえ、ね。さっき通った子は、昔親を亡くして身寄りがなくなったんだけど、村の人間から酷い扱いを受けててね」

 老婆が言うには、その子の両親は自由組織から派遣された立派な戦士だったが、数年前の魔物の湧きを止めて命を落としたようだ。それからその子の周りで人が死ぬ「事故」があって、それからその子を遠ざけるようになった。

 それは先ほどカイルも聞いたとおりの話だったが、やはりリーナは組織の戦士の子供だったようだ。だが、老婆の語り口では、村長の娘たちが言っていたような「呪い」を感じさせなかった。

「だって、それはなぁ、あんな幼い子を『迷宮』なんかに連れて行った大人に『罰』があたったのさ」

 リーナの周りに起きた死は、老婆には神が当てた罰だという意識があるようだった。

「いったい、何があったんですか?」

 思わずカイルはその言葉に飛びついたが、老婆は怪訝そうにこちらを見た。

「いや、この村に来たのも『迷宮』に入るつもりだったからで、気になったものですから」

 口下手な自分が嫌になるが、嘘を言っていないのは確かだ。それを老婆は良いように解釈してくれたのか、「ああ、『迷宮』に入るなら心配だねぇ」と言って警戒を解いてくれた。

「その時にはあたしはとっくに婆だったんで、村の連中は詳しい話はしてくれなかったんだけどね、何でもあの子の両親が大切な物を『迷宮』に落としたらしくて、子供なら探せるんじゃないかと言って連れて行ったらしいんだよ。そしたら、残っていた魔物がいたらしくてね」

 リーナを入れて五人で行って、命からがら戻って来たのは、今は牧場主をやっている男一人だったらしい。リーナも魔物に食い殺されたと思われたが、次の日にひょっこり戻って来たらしい。

「大人を食って腹いっぱいで見逃してもらえたんだろうね。あたしは子供が死ぬのは嫌だったから嬉しかったけどねぇ、他の大人たちは大層怒っとったよ」

 リーナが他の人間を犠牲にしたと言い始めた時は、老婆は大人たちがどうかしてしまったと思ったらしい。だから、「迷宮」がおかしいのは普通だが、それよりも村人の方がその事態を大げさにおかしくしただけのこと、と老婆は言った。「一度目はね」と。

「それは、どういう?」

「ああ、あの子の周りでは三度人が死んでるが、不思議でも何でもないんだよ」

 二度目は、辺境の周辺の村が合同で行った街道の魔物狩り。三度目は嵐の日の土砂崩れ。

 二度目は雑用係で連れて行かれたが、物資を置いた野営地が魔物に襲われ、四方に散った部隊へ補給物資を運んでいてそこを離れていたため、その班ではリーナだけが助かった。

 三度目は、嵐で土砂崩れが発生した箇所の調査に連れて行かれ、一緒の班で行動した大人は土砂崩れに巻き込まれたが、リーナがいた場所の岩盤が強かったらしく、奇跡的に巻き込まれなかったという。

「リーナだけが助かったんじゃないし、別にあの子が死ぬように仕向けたわけでもないのにね。あの子の周りは、よう人が死ぬなんて、いったい誰が言い出したんだか……」

 カイルは苦い気持ちでそれを聞いた。

 買ったものをまとめると、礼を言って店を後にしようとしたが、ふと老婆が言った言葉が頭に残った。

「器量も気立てもいい子なんだよ。いつか、ちゃんとあの子を見てくれる人が、ここから連れて行ってくれるといいんだけどねぇ」

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