27.努力の先
本日三話目の投稿です。
【注意事項】腐ってません。
「私は、東方諸国内でも歴史の古い、トライデンの騎士家系の伯爵家の嫡男として生まれた。君は覚えていないと思うが、私たちは遠い親戚だ」
エアハルトは流れるように話し出した。キルヒナー家は本家で、リーナのシェーラー家は分家筋でも遠い男爵家であり、親戚といってもほぼ血の繋がりは無い。親戚という言葉に、リーナは驚いたように目を大きくした。それをエアハルトは楽しそうに見る。
「見てのとおり私は、生まれた時から人から妬まれるほど恵まれた人間だったが、実は本人的にはさほど幸せな幼少期ではなかった。きっと人に言えば贅沢だと笑われそうだが」
さて、リーナはどんな反応をするだろうと思ったが、ただ大きな青い目をエアハルトに向けて、一通り語り終わるまでは口を挟まないつもりのようだ。
リーナは、愛想良くしたり阿ったりして、エアハルトに変に気を使うという気配がない。それはエアハルトにとって、かなり心地の良いことだった。
「両親は生まれて間もなく、活発に動く私を見て、良い騎士になることを期待したのだと思う。一歳になる頃に、両親は私が左利きであることに気付いた。リーナは知らないかもしれないが、騎士には様々な作法が要求されるが、それは全て右利きを想定した動作だ」
元来騎士とは、勇気や忠誠、慈悲などの徳目を持った、戦闘能力だけでなく、人格まで優れた人間であることが求められた。尤も、完璧に騎士道を守れる人間は稀であったが。
それがいつしか、騎士の名誉が、王侯貴族の利権や権力争いと絡み合って、政略の駒や良い血筋を残すための道具として扱われることが増えた。
このため、騎士にはある程度の家柄も求められるようになった。人間として優れていても、出自が低い者を家門に入れたくないという貴族家は多かったのだろう。
その基準を満たす為に、高価な軍馬や鎧や剣を自分で用意することができる財力が必要不可欠となった。国や領主に叙任されれば、その主から名誉に応じてそれらが授けられる場合もあるが、叙任までは全てを自前で賄わなければならない。こうして必然的に、騎士となるためには裕福な家系か貴族家の出身者でないと、出発点に立つことすらできなくなった。
そんな家系の大半は、大事な政略の駒である子息を、本当に戦場に送りたい訳ではない。実際の戦闘で傷物になるなど以ての外で、家名を盛り上げる偶像であればあるほど都合が良かった。
こうして、本来の騎士の名誉の定義が、「いかに綺麗に飾られた騎士人形であるか」となり、戦闘能力でさえ馬上槍試合や武威競技という、形式美という名の見栄え一点に特化した有名無実な遊戯で競うだけに変わっていった。
そしてその形式美とは、それぞれが決まった型に沿ったもので、その中でいかに個性を出すかという方向に力が注がれた。そのために、試合のお辞儀一つにも多くの作法があり、その型は全て右利きを想定したものだった。
「騎士界隈では、左利きは〝無作法〟や〝邪道〟と呼ばれるものだ。だから、騎士家にとって左利きは〝恥〟とされてきた。本来騎士とは、その強さで主君を盛り立て、弱者の救済を行い、全てを守ることこそ本懐であり、真の姿だったというのに」
今の国や領主のお抱え騎士団は、かつては数多の英雄を生んだ魔物狩りよりも、権力遊戯に重きを置いている。だから、魔物狩りに長けている騎士は、泥臭い閑職であると揶揄された。先祖が見たら、恥ずかしくて顔を合わせられないような騎士道がまかり通っているのが現状であった。
「我がキルヒナー家も、実力よりも〝普通〟の騎士を望む家だったが、その嫡子が〝家門の恥〟であることは、父である伯爵にとっては耐え難いことだったようだ」
エアハルトは、幼い頃から卓絶した才能の片鱗を見せていたが、父は決してそれを認めず、周りに悟られぬよう、常軌を逸するほどエアハルトの左利きを矯正しようとした。父は、優れた武勇もさることながら、秀でた容姿でも称賛を浴び、王家から特別に叙任を受けた名誉騎士だそうだが、そんな自身を大変誇りに思っていたからだろう。
日常生活でも、ほんの少しでも左利きを思わせる行動は全て懲罰の対象となり、時には強制的に使えないよう、左腕を折られたこともあった。剣や槍を握る上では左手も大事な要素であるため、本当に使えなくなるほどの怪我は避けられたが、幼い頃から強い自我を持ったエアハルトが反抗して左手の鍛錬も続けると、父の制裁はより執拗になっていった。
そうして、エアハルトと父の間の溝は深まっていき、二つ歳の離れた弟も剣の才能を見せたことから、エアハルトが両手とも利き手と言えるほどの矯正を受けた頃には、二人の関係は修復が不可能なほど壊れていた。
頑なに自分を崩さないエアハルトと違い、素直な右利きの弟は、父が求める完璧な騎士に仕上がっており、更に父は弟を溺愛してエアハルトを遠ざけた。
いくら能力が高く、自我も強いとはいえ、当時のエアハルトはまだ幼い子供だった。自分の扱いが何故弟とこれほどまでに違うのか、どうすれば父親の関心を惹けるのか、どうすれば家族に愛されるのか、それを考えない日は無かった。頭の良いエアハルトは、自分が自分らしさを捨てればいいことに薄々気付いていたが、何故遥かに上手くできる利き手を捨てなければならないのか、それを理解できるほど世間の機微を知らなかった。
そんな幼いエアハルトを掬い上げたのは、リーナの父、ウォルフ・シェーラーだった。
キルヒナー家と同門のウォルフは、エアハルトとは生まれた時からの付き合いがあった。勇者の片鱗を窺わせる才能を早くから発揮し、東方諸国に並ぶ者がいないほどの凄まじい力を持っていて、所属する国家連合騎士団でも最上位階級の腕前であり、弱冠二十歳にして勇者に選ばれた。
剣や体術や魔力はさることながら、その容姿や振る舞い、高潔で慈愛も備えたウォルフは、まさに勇者と呼ぶに相応しく、多少ぼんやりしていることでも有名だったが、エアハルトの憧れであった。
そのウォルフが、父親との関係に縛られるエアハルトに、何くれとなく目を掛けてくれ、自由組織の友人に教わったという左手の型を教え、エアハルトの才能を伸ばす手助けをしてくれたのだった。利き手に固執する必要はなく、どちらも鍛えればいいのだ、と呑気に言われた時は反発もしたが、ウォルフは自分の才能の幅を狭めなくて良いと教えてくれたのだった。
『両手とも同じくらい鍛えておけば、右手しか使えない人間より有利だろう? なぁに、御父上や他の大人に使っているのを見つからなければいいんだ。遊戯には右手を、全力を尽くすときは左手を使うことができる君は、つまり他人よりも強いということだね』
春の日差しのような笑顔で、訳の分からない理屈を唱える大人に、エアハルトは呆れながらも目の前が拓けたような気がした。リーナは「父が適当ですみません」と恐縮したが、その真面目さは母親譲りだなと考えながら、首を振った。実際はそんな楽観的なものばかりではなかったのだが、ウォルフのその適当さがエアハルトの考えを柔軟にしたのだから。
左利きである自分を捨てなくても良い。右利きの作法や技術は、強制でやらされるのではなく、自らを強くするために身に付ける技術なのだと。そして、馬鹿正直に全てを父の前で曝け出す必要はないということも。上手くやるということを覚えた。
やることは倍にはなったが、心持ちが違うだけで、どうしてこんなに心が軽くなるのだろう。それまで苦痛でしかなかった右利き用の訓練だったが、自分の技術や経験値となると思えば、次第に熱の入った訓練になった。
どちらつかずの訓練は、どちらも中途半端な成長の危険を孕んでいたが、エアハルトはそれを努力で補った。それが出来るだけの才能もあった。
そして、十二歳のエアハルトが父を、拙い方の右利きの剣で打ち負かした日、エアハルトはキルヒナー家を出た。弟は兄を敬愛しており、最後まで引き止めたが、エアハルトの意思は固かった。
家を捨てたエアハルトは、実力主義と名高い国家連合騎士団の門を叩いた。家の柵が無い場所を選んだと周りには伝えていたが、それは口実に過ぎず、実際はウォルフを追って入門したのだった。
蓋を開けてみれば、この組織も国の騎士団やキルヒナー家とそう変わりはないと気付くのに、それほど時間は掛からなかったが、まだマシな方を仕方なしに選んだと思うことにした。こちらでは、間違いなく魔物狩りも騎士団の名誉ある仕事だったからだ。
そこで憧れ慕うウォルフと肩を並べることを夢見ていたが、ウォルフはその一年後に騎士団を辞め、自由組織に入ってしまった。残念に思うも、いつまでもウォルフの背を追いかけるばかりでは、肩を並べる夢を叶えるには遠いと悟り、エアハルトは騎士団で一層鍛錬も実践も重ねていき、小姓から出発して通常十五歳でなれる従騎士に十四歳で抜擢されるまでになった。
その年に勇者との共同作戦があり、エアハルトの主である聖騎士と共に戦線に出たが、ウォルフの前で成長した姿を見せたくて無理をし、単独行動で危うく魔物に食われかけた。そこをウォルフに助けてもらい、そこで自尊ばかりでなく恥を知った。
己の不足を知ったエアハルトは、更に力を付けていった。いつか本当の意味で胸を張って自分の思い描いた騎士だと言えるよう、右手の作法だろうが権謀術数だろうが、必要だと思ったことは全て吸収していった。そして、最年少の十七歳で正騎士となった。
だが、エアハルトが十九歳の年。ウォルフ・シェーラー一家の訃報が届く。
世界の半分が崩れ去ったように感じた。
「そうしてここまで、君たちを捜しながら騎士として腕を磨いてきた。君の父君の教えを、ずっと道しるべにしながら」
エアハルトは、自分の右手を見る。外見と違い、肉刺が硬質化して剣胼胝となってゴツゴツとした無骨な掌だった。左手にも劣らず偏りのない、正真正銘の努力の痕だ。
「では、何故今あなたは、左に剣を下げているのですか?」
ふと、素朴な疑問のようにリーナに問われたが、ハッとして見たリーナの瞳は、あまりに深い色を帯びていた。
そう言われて気付く。単独任務時以外、剣はいつも左腰に下がっている。
エアハルトの容姿が称賛される一つに、左右の体の均整が見事に取れていることがある。それは常に左側だけに剣を下げていると、体はそれに沿った形に作られるが、エアハルトはそれが均等だから立ち姿も美しい。左利き用の剣帯は、騎士団を去る時にウォルフが贈ってくれたものを未だに使っていて、どちらで下げていても違和感も初手の遅れもないほどに馴染んでいるのに、だ。
もう、作法に則った綺麗な遊戯をしなくとも良い地位まで来た今でも、父が向けたような自分を否定する周囲の視線を、無意識で避けていたのだと。
自分が嫌っていた作法を、自分が最も気にしていたということか、とエアハルトは愕然とした。
「ここでは、あなたの自由にしていいと思います」
リーナが何かを考えるように、小さな顔を傾げてエアハルトを見た。
「エアハルトさんが続けてきた努力も、受けた傷も、わたしには想像も出来ないくらい大きなもので、どう言葉にしていいか分かりませんが、見栄えだけで評価するような人たちはここにはいません。努力した自分も、本来の自分も、ここでは偽らずに見せても大丈夫ではないですか?」
優しい肯定は、〝無作法〟とか〝恥〟と言われた過去まで包まれたように感じた。
「でももし、エアハルトさんがどこででも自由でいられるようになれば、きっと、エアハルトさんの姿を見て、諦めていた他の左利きの人たちも勇気づけられると思います」
それは、ウォルフとはまた違った解放の言葉だった。
自分だけで完結する物語ではなく、これはその先にも続くものだと。
自分は悪評を被ろうが痛くも痒くもない。自分の〝無作法〟が、決して侮るべきものではない一つの形だと知らしめればいい。そうして、本人の身体に大きな負担となる左利きの矯正を選ばない道もあると、少しでも他の人間の希望となり得るのであれば、自分がしてきた努力も報われる気がした。
ああ、こんな幸福もあるのか。
リーナの空色の青い瞳と、エアハルトの海色の青い瞳が交差した。
「私はずっと、この努力は私一人で完結するものだと思っていた。だが君は、私に新たな道を示してくれた。……感謝する」
言葉にすればたったそれだけだが、エアハルトはその言葉に万感の思いを込めた。
リーナは多分、自分の言葉がどれほど目の前の男の心を動かしたか想像もしていないだろう。ただ、はにかむような慎ましい笑顔をエアハルトに返した。
その時のエアハルトの胸に過った想いは、何と表現すれば良いのだろう。
母親譲りの素晴らしい美しさを誇るだけでなく、幼い頃からの虐待も折れない強い心と、傷付いた人間の心に寄り添える優しさを持ち、そして人を導ける賢明さを備えている。
『これは、惚れぬ方が無理だろう』
自分の心の動きに、思わず「ふふ」と笑い、リーナを見つめながら行儀よく膝に置かれた彼女の手に自分の手を伸ばす。
エアハルトは深慮遠謀を絵に描いたような顔をしているが、おおよそ直感で生きており、尚且つ、即断即決の男だった。その勘が告げていた。そう、今が攻め時だと。
ギュッとリーナの手を、指を絡めるように握る。案外ゴツゴツとした大きな手だった。そう、自分と同じくらいの……?
「よるもおそいのれ、みんなれてをつないれかえりまひょう」
「馬鹿勇者!!??」
「カイルさん!?」
急にニョキッと、エアハルトとリーナの間に現れたのは、酒臭い息を吐くカイルだった。目が据わっているし、かなり呂律も怪しい。
「たのしいれすね、きるひなーたいちょお」
「楽しくないわ、泥酔勇者! 私は男と手を繋ぐ趣味はない!」
全然楽しくなさそうな平坦な声で言いながら、顔はニコニコとしているカイルに、勇者特有の馬鹿力でガッチリ保持された手は解けず、エアハルトとリーナは、そのまま引きずられるようにして連れ去れた。
翌朝、何故かエアハルトに割り当てられた寝台で目覚めたカイルは、自分がエアハルトを抱き締めながら寝ていて、エアハルトの怒りと寝不足で爛々と燃え滾る目と目が合った瞬間、この世の全ての絶望を味わったのだった。
そして、クルトとラルフの間にも、何故か気まずい空気が流れていたのは、全員がそっと見て見ぬふりをしていた。
酒は飲んでも吞まれるな。
途中までは良かったと思う。
これが一年のブランクの症状です。
前話の伏線、分かりましたか? そうです。ラストの二人の間で寝ていたカイルが居なくなったため、クルトとラルフは垣根のない状態で目覚めました。
はい、もちろん腐ってませんよ。
大事なことなので二回言いました。
また次回、投稿しましたら閲覧をよろしくお願いします。




