26.夜の宴と昔語り
本日二話目です。
その日の晩餐は、リーナの幼い日の記憶に微かに残るパーティのような様相になった。
村長宅からは、エアハルトが要求した以上の、豪華な食材と調理されたものが届いた。
アルノーが調べて、怪しげな薬物の混入はないことを確認し、何故か舌打ちをしていたのが気になったので首を傾げていると、アルノーは「毒が入っていたら、この村が干上がるくらいの賠償を要求しようかと思って」と朗らかに言うので、聞かなかったことにした。
リーナはこの人数が数日は食べられる食材を使い、日持ちのする酢漬けや塩漬けや燻製などを作って、明日以降の食事に出すことにした。この暑い季節なので、リーナの家の地下の貯蔵庫では限界があるのだ。しかし、ずっと貧しい食生活をしてきたリーナには、とても食材を無駄にすることはできず、せっせと膨大な保存処理をこなした。
これが村長の新手の嫌がらせであれば、悔しいがぐうの音も出ない程の完敗だ。
食材が届いた時、リーナとエルとアルノーを残し、他の者たちは鍛錬と称した何かをしていて、ちょうど不在で、手持無沙汰のエルが下処理を手伝ってくれていた。粗方作業が終わりそうな頃、アルノーが「保存魔法を掛けますか?」と言ったので、「早く言え!」とエルがブチ切れてアルノーを蹴る事件があったが、いつも勇者一行の食事は、クルトかジークが担当しているので、そんな便利な魔法があることをエルは知らなかったようだ。
エルが皮むきを手伝ってくれて、ジークのこぶし大だった芋が小さめの卵大になるのを見て、勇者一行が賢明な役割分担をしたのだとリーナは納得した。「皮むきがちょっと苦手なだけで、味付けは得意なの。本当よ」と慌てて言うエルがとても可愛かったので、年上の女性を「可愛い」と思う日が来るとは、何故かリーナはとても得をした気分になった出来事でもあった。
リーナは、剝いてもらった芋は保存魔法を掛けてもらい、身がたっぷり付いた芋の皮の方はオーブンで香草焼きにすることにした。きっと美味しい摘まみになるだろう。
そうして晩餐の準備が終盤になる頃、鍛錬から戻ってきた男たちは、何故か全員ずぶ濡れになっていた。修行と称して、川の中で何かの訓練を行ったらしい。
エルは「何の修行よ。川遊びでしょ」と呆れていたが、みんな暑かったんだなぁ、とリーナは思った。
エアハルトは、「私はこれ以上水を滴らせなくていい」と言って足だけ水に入れて監督していたそうだが、ジークとラルフが隙を見てエアハルトも川に引きずり込んだようだ。カイルを道連れにして。
それをエルは「アホね」と冷たい目で見て、悠々と室内で読書をしていたアルノーは「アホですね」とニコニコとしていた。
取りあえず、両親の部屋を空けて、順番で全員に着替えてもらった。服は明日の朝までには渇くだろう。
その後で、村長から届いた品を見て、一同処理を手伝えなくて恐縮していたが、リーナは案外楽しかったので笑って首を振った。
それとリーナには、はた迷惑なだけと思った届き物も、別に嬉しいことがあった。
エアハルトの計らいで、リーナに女性らしい服が数着届けられたのだ。流行りではない落ち着いた色と形で、恐らく村の女性たちの着古した物だと思われる。
どれもリーナには大きめのそれらを見て、少し顔を顰めていたエルだったが、裁縫道具をリーナに要求すると、リーナが食事の用意をしている間に、襟や袖を変えたり、腰を絞ったり、帯を付けたりと、かなり若々しい形に作り替えた。エルは貴族の出身で、元々刺繍を嗜んでいたし、清貧を旨とする神官になってからは、身の回りのことは一通り自分で出来るので、このように今ある物を再利用することに慣れているそうだ。
同じ手先の事でも、料理と裁縫とは違う能力なんだなぁと、リーナは思った。
着てみると、リーナは華やかになった。落ち着いた色合いはむしろ清楚さを強調し、野暮ったくて大きさの合わない男性物の服を着ていた時と見違えるようだった。
母の残した服は、ほぼ冒険者としての丈夫で動きやすい男性っぽい形のもので、女性らしいものは部屋着しかなかったので、リーナは有難く使わせてもらうことにした。
髪も娘らしく両脇を編み込んで後ろで纏め、後は自然に背に流す。化粧などしていないが、その瑞々しい美しさにエルはほうっとため息を吐いた。中央の姫君たちを見回しても、これほど者は片手に満たないだろう。
何よりも、さすが勇者の娘と言うべきか、細身であるが均整が取れていて姿勢が良く、立ち姿自体がハッと目を惹くほど美しかった。
そんなリーナを見て、カイルは固まったまま動かなかったが、他の面々は口々に褒めそやし、リーナは非常に身の置き所の無い状況になってしまった。
その後、夕食になだれ込むと、誰から始めたともなく酒が入って、賑やかな食卓になった。
リーナ一人には広すぎる食卓だったが、今は場所が足りずに、薬草の作業用のテーブルも出して、それでも足りない分は、台所の作業台にも料理を並べた。各自がそれぞれ取り分けて食べ始めるが、想像以上に進みが早くて、リーナは直前に作っておいた保存用の食料も出した。
久しぶりに味わう、笑いの絶えない食事だった。たった一人で時間に追われて食べるよりも、カイルと二人の食事が美味しいと思ったし、それよりもエルたちが加わった食事は更に美味しかった。そして、何故か加わった騎士たちも合わせると、もっと食事が美味しかった。
リーナは、これまで自分がどれほど孤独だったのかを思った。そして自分は、大勢に囲まれた生活が嫌いではないことに気付く。誰かの嬉しそうな顔を見るのが、どれほど自分を幸せにするのかに気付いたのだ。
これまでは、誰かのために何かをしても、感謝をされるどころか、もっともっとと要求されるばかりで、貶されることはあれど褒められたり感謝されることなど皆無だった。それが、リーナの料理に舌鼓を打って「美味い」と言って笑顔になり、「ありがとう」と伝えてくれる面々に、ただただ幸せを感じていた。
就寝時にはまた「誰がどこに寝る」問題が発生したが、全員が頑として村長宅に世話になることを拒否したので、リーナは納戸にしていた部屋の物を外の納屋に移し、狭いながら一部屋を空けた。元々物がほとんどない生活をしていたので、全員(エアハルトは監督)で移動したら、一往復程度で終わってしまったが。
結果、リーナの部屋にリーナとエル、両親の部屋にエアハルトとアーベル、納戸にジークとアルノー、居間の床にラルフとクルトとカイルという部屋(?)割になった。みんなそれなりに体格がいいので、かなり部屋の気温が上がったような気がした。
両親の部屋には元々寝台が二つあったが、納戸は雑魚寝になるので、貴族出身というアルノーにリーナは寝台を譲ろうとしたが、アルノーはどこから出したのか立派な寝台を設置していた。ジークが床で寝るのに、かなり窮屈になりそうだったが、慣れているのかジークはけろっとしている。
宴もたけなわで、いい感じに酔っぱらった面々は、楽しそうに居間の床に転がっていたので、誰よりも飲んでいたのに全然酔った様子のないジークとアーベルが、それぞれの部屋に屍たちを放り込んでくれた。
リーナは、酔って「にゃーん」と言っているエルを、最後に丁寧に運ぶジークを見て、何となく空気を察したので、ちょっとドキドキしながらも、後片付けを申し出てゆっくりと就寝しようと思った。
居間の床で酔っぱらって熟睡しているラルフとクルトとカイルは、ジークが敷いてくれた寝具に三人並んでいたが、真ん中に寝ているカイルは南向き、クルトとラルフは北向きに横たわっている。何でも、朝起きて野郎の顔が近くにある事ほど萎えるものはない、とジークが言っていたので、三人を思っての配慮らしいが、そのお陰でカイルの顔には、わざとかと思うほど綺麗に二人の足が乗っていた。靴は脱いであっただけマシだと思うが、苦悶の表情を浮かべるカイルのために、リーナはその足を下ろしてあげると、心なしかカイルの顔が安らいだ気がした。
一仕事終えた気分になったリーナだったが、ついいつもの癖で、明日の朝の村の仕事の準備するために外の納屋に向かおうとして、ハタと気付いてその仕事は免除されたことを思い出した。少しの罪悪感を覚えたが、たまの休みをしっかりと味わおうと引き返そうとした。
その時、村への道に続く石垣の前の平らに均された場所で、誰かが動いているのを見つけた。一瞬、緊張が走るが、月明かりでそれがすぐにエアハルトだと気付く。
何をしているのかと見ていると、エアハルトは剣を振るって鍛錬をしているようだった。金の髪が動きに合わせて揺れ、薄い部屋着のためか動きの度に身体の線も良く分かった。
リーナが知る世界は、この村と、せいぜいが近隣の村数か所くらいだが、エアハルトが東方諸国でも卓越した容姿であることは察せられた。
だが、リーナの目にはその美貌よりも、彼の動きがやけに気になったのだった。
エアハルトは、左右の手で持ち換えながら剣を振っていた。どちらも隙の無い動きのようだったが、よく見ると、右の方が若干の動きの鈍さがあった。
もしかして、どこか怪我をしているのだろうか、と思って、慌てて駆け寄った。
「リーナ」
リーナが声を掛ける前に、エアハルトが声を掛けた。仲間内だけだと、エアハルトは余所余所しさが取れてリーナと呼ぶ。その声には驚いた様子も無かったので、もしかすると家を出た時からリーナがいることを察していたのかもしれないと思った。
「こんな夜中にどうした?」
尋ねる声は、何故だかとても柔らかい。昼間の事もあって、リーナのことを少し気遣っているのだと思った。たまたま外に出たら、エアハルトがいることに気付いて来てみたとだけ言い、少し口籠ってしまった。果たして、出会ったばかりのリーナが、エアハルトに怪我をしているのかと出しゃばったことを聞いてもいいのか迷ったのだ。
少し困った空気が分かったのか、エアハルトが「遠慮なく言いなさい」と先を促す。
「あの、気のせいだったらすみません。エアハルトさんが右側をどこか怪我されているのかと思って……」
言った途端、エアハルトの空気が一瞬揺れたような気がした。
「す、すみません! 差し出がましいことを言いました!」
慌ててリーナが謝ると、エアハルトはふぅとため息を吐いて首を振った。
「怒っている訳ではない。そんなに怯えるな。ただ、同僚でも気付かないのに、君が何故分かったのか教えてくれないか? これを知っているのは、古い付き合いのヤツとあの槍使いと、剣の師くらいだからな」
どうやら周りで気付いている人がほとんどいないようだ。エアハルトの秘密に触れてしまったようで、リーナは申し訳なく思い、目を伏せながら説明した。
「わたしは、両親が亡くなってから、この村の司祭様にお世話になっていました。司祭様はわたしが独り立ちできるよう、薬草の知識と簡単な医療の知識を授けてくださったのですが、その時に、人の動きや姿勢、表情で、ある程度の体調などを診る方法も教わりました」
顔色や姿勢や動きなどには、本人も気付かない症状が現れている場合があり、それを見抜くのも適切な治療をする上で重要だと教わった。
「それで、エアハルトさんが剣を振るっているのを見て、……その、左より右の方が、剣の動きが鈍いように見えたので……。剣は左側に下げていらっしゃるので右利きかと思ったのですが、それなら体に不調があるのではと思ったのです」
武器や防具の扱いや特徴などは、両親が幼い頃に教えてくれたものだ。どういう武器をどういうふうに振るうとどういう効果があるなど、父が見本になって学んだのだが、エアハルトの剣の使い方はどことなく父と似ていたので、余計その差が分かったのかもしれない。
それも説明すると、エアハルトは、先ほどとは比べ物にならないほど大きなため息を吐いた。それにリーナはびっくりするが、エアハルトは軽い笑い声をあげて謝る。
「いや、君を悪く思ってため息を吐いたのではない。私自身がまだまだだと思ったのだが、思えば君の父君が君の武術の師であれば仕方のないことだと思ったのだ。許してくれ」
思ったよりも明るい声に、確かにエアハルトに悪感情はないことは分かった。リーナがホッとしていると、エアハルトが「座って話そう」とリーナを誘った。
近くの石垣を見ると、エアハルトは手巾をそこに敷いて、その上にリーナを座らせた。流れるような誘導だったので自然と座ってしまったが、多分その手巾はリーナの服が何枚でも買えそうな高級品に見えたので、緊張して足先まで力が入ってしまう。
それを楽し気に「ふふ」と笑って、エアハルトも隣に腰を下ろした。昼間は見上げるほどに怖いくらい大きな人だと思ったのに、自分の身長が伸びたせいか、今は威圧感よりも守ってくれているような安心感があった。
「君の目は、父君か母君譲りの確かなものなのだな。私の動きの差は、不調があるのではなくて、本当は左利きだからだ」
世間に疎いリーナは、それがどういうことか察することができなくて首を傾げた。それをエアハルトは苦笑するよう見てから前を向いた。まるで、ここではないどこか遠くを見つめるように。
「これは、君の父君にも関わったことだ。いや、むしろ君の父君がいなかったら、私は騎士として存在していなかったかもしれない」
父が関係していると聞いて、リーナは目を瞬いた。確か、父とエアハルトは古くからの知り合いで、幼い頃の自分も知っていると聞いたような気がする。
ただ、数人を除いて誰も知らないエアハルトの秘密を、自分なんかが聞いていいものかと逡巡を覚える。
それにエアハルトは、優しく目を細めてリーナを見た。
「今では、血縁とあの槍使いくらいしか知る人もいなくなった過去だ。あいつだけが知っているのも癪だからな。誰かに私がどんな人間かを覚えておいてもらいたい」
エアハルトはジークを名前で呼ばないが、その口調は十分に信頼した仲間に対するものに聞こえた。それと同列に扱われてリーナは恐縮するが、語ることでエアハルトの心が軽くなるのであればいいと思うことにした。
「聞いてくれるか?」
改めて尋ねるエアハルトに、リーナはしっかりと頷き返す。
エアハルトは、何かを思い起こすかのように、上を向いて静かに目を閉じた。
次話への伏線のためのエピソードで必要だった回です。
「この回要る?」とは言わないでください。
あと一話投稿しています。




