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24.変貌

本日2話目の投稿です。

「君が望めば、本来の勇者の遺族としての恩恵を取り戻して、この村の人間を処罰できるが、君はどうしたい?」

 突然のエアハルトの問いかけにリーナは戸惑う。ここの暮らしがどうかと言われれば辛いとしか言いようがないが、この生活の全てを投げ捨てていくことは躊躇われた。

 雑貨屋の老女を始め、年配者は下の世代の目が届かない所で気にかけてくれており、まだ幼い子たちはリーナに懐いてくれている。この村の長閑な景色も、穏やかな四季の移ろいも、世話をしている動物たちも、そして何よりこの両親の残してくれた家が、リーナをここから離れさせ難い気持ちにしていた。

「わたしは、この村の人たちが、わたしをぞんざいに扱ったことで罰を受けることは望みません。わたし自身にその意識はなくても、確かにわたしの周りには人が亡くなる不幸があり、『不幸を呼ぶ娘』としてわたしにその悲しみをぶつけたい気持ちもわかります」

「……君は甘いな。それとも、村人の恨みを買う勇気もないのか」

 リーナの答えを受けたエアハルトの声は、軽い怒りを孕んでいた。エアハルトは、温かく大らかだったが厳しい決断も下せたウォルフを思い出し、いつの間にかリーナにも、同じことを望んでいた。おもねるのではなく、毅然とした処罰を下す、そういった答えを期待していたのだ。それにジークが「ハルト」と名を呼んで諫める。

「いえ、……わたしは……」

 少し口籠るリーナは、外見以上に弱々しく見え、エアハルトは自分でも分からない苛立ちを感じた。

「君の御父上は、優しさと正しさの使うべきところを御存知だった。君は、正しい罰を与えずに放置し、日和見することで、誰からも恨まれずにいるのを選ぶのか。それは優しさではなく、村人たちは自らの罪を自覚しないままで終わるだろう。そして君が、より村人に侮られる要因となる。君が、ウォルフ様の血を引いているのなら、正しい決断をすると思っていたが……」

 リーナの麦穂色の髪と空色の瞳は、敬愛するウォルフそのままの色彩で、それがまたエアハルトの苛立ちを助長する。間違いなくウォルフの面影を残しているのに、ウォルフと違う考えを持つリーナ。そのことに囚われて、自分の違和感を目の前にぶつけた。

「正直、失望した」

「ハルト!」「あんたねぇ!」

 エアハルトの言葉に、ジークとエルが立ち上がる。それに、エアハルトは、自分が言ってはならない部類の言葉を放ったことに気付いた。エアハルトは一瞬、自分の発言に眉をひそめたが、それを撤回することはなく、またリーナを見る。リーナにウォルフの強さを求めることを、間違ったことだと思わなかったからだ。それがひいては彼女のためになると。

 そのエアハルトの肩に、圧力を感じるほど力強い手が置かれた。カイルだ。

「キルヒナー隊長。あなたの本来の任務は俺を連れ戻すか殺すことでしょう。今から、本来の任務に戻ってください。お相手します」

 基本カイルは、いつでも礼儀を重んじる人間だ。底辺の生まれだったからこそ、自分が生きるために礼儀を学んで、相手との距離を取っていた。だが今のカイルは、言葉遣いは丁寧でも、その声には抑えきれない怒りが籠っていた。

「なるほど? 私を叩きのめしたいか。いいだろう」

「ま、待ってください、お二人とも!」

 剣呑な雰囲気を纏って、カイルとエアハルトは、リーナが止める声にも応えずに家を出た。

 カイルの一行も、騎士団の二人も、深刻な顔をしこそすれ、誰もカイルとエアハルトを止めようとはしなかった。リーナは蒼褪めて、二人の後を追おうと席を立つが、エルに肩に手を置かれて止められた。

「リーナ、行ったら危ないわ。私たちは『みんな仲良し』で済む立場ではないから、一度は必ずぶつからなければならないのよ。でも、どんな結果でも、あなたのせいじゃないわ」

 詳しい事情は分からなくとも、リーナにも何となく雰囲気は分かった。でも、それが自分のせいではないと安心などできない。少なくともカイルは、リーナへのエアハルトの言葉で憤ったことは間違いなく、エアハルトも煮え切らないリーナの言葉に苛立ったのだから。

 二人ともが、方向性は違うとも、リーナを思ってのことだ。

「皆さんがそうおっしゃっても、わたしはそう思えません。目の前で、誰かが傷つくのを傍観しているのは嫌です!」

 そう言って、リーナはエルの手をそっと除けると、二人の後を追った。

「誰が日和見よ、馬鹿金髪。あんな強い子、他にいないじゃない」

 エルが、そっと除けられた手と出ていくリーナの背中を見ながら、ポツリと言った。リーナは、村人の報復を恐れてとかおもねるとか、そういう一時の感情ではなく、自分が本当に守りたいものを選び取った結果の言葉だと思う。それをエアハルトは、先代勇者への敬愛という鱗が張り付いた目でリーナを見て、自分の理想とする答えを押し付けたのだ。

 それはどちらも周りから見ても明らかなことで、聡いエアハルト自身が気付いていないはずはなかった。リーナの強さも、自身の失言も。だからエアハルトは、一瞬だがあんな顔をしたのだろう。

「んじゃまあ、俺たちも追いかけるか。人類最高峰の喧嘩を止めに」

 ジークが笑って言って、エルの頭にポンと手を乗せた。

「はぁ~、もうすぐ昼食なんだけど。早く終わらせよう」

「暗殺以外の方向で終わらせてくださいね、クルトさん」

 クルトが伸びをしながら自分の弓を持つ。それを騎士のラルフがちょっと真面目に言いながら追う。それに続くように残りの四人は各自の武器を持って家を出た。

 カイルとエアハルトの喧嘩を止めるなら、それこそ最上級の魔物との決戦に臨むくらいの覚悟が必要だった。

 全員が外に出ると、牧場の奥の方、森に近い方に不穏な気配を感じた。

 感知力が低いジークでも分かるくらい、何かの魔力が膨れ上がっている気配だ。間違いなくカイルとエアハルトの魔力だ。

「おいおい。まだ始めてくれるなよ」

 ジークは、槍を担いで走りながら、牧場の方を見やる。自分たちは人間という分類からしたら、足は相当早い方だが、さっき出て行ったリーナの背中すら見えない。リーナは幼い外見だが、身体能力は両親のそれを受け継いでいるようで、自分たちに匹敵するくらいの身体能力があるのかもしれなかった。

 ようやくリーナの姿が見えたと思えば、前方で大きな火柱が上がった。カイルの魔法だ。

 牧場の柵が終わって未開の原野が広がっているが、その先に目的の人物がいた。

 もう、カイルとエアハルトは互いの剣を抜いて、何合も打ち合っていた。

「やばっ。先行く」

 この中で最も足の速いクルトが一行を置いて先行するが、もうリーナを直接止めることはできなかった。対峙するカイルとエアハルトは、まだリーナに気付かない。

「やめてください!」

 そこへリーナが声を掛ける。それと加減の効かない同士討ち覚悟のカイルの魔法が完成し、それに対抗するようなエアハルトの防御魔法が同時に展開した。

「「「「「リーナ!」」」」」

 衝突した二人の魔力に、リーナが巻き込まれるのを見た。



 カイルとエアハルトは、さっそく溜まった鬱憤を晴らすように、原野に出ると魔力を高めた。

「あなたとは戦いたくなかったが、今は叩きのめしたい気分です」

「奇遇だな。私も少し八つ当たりしたい気分だ」

 二人とも直接言葉にはしないが、結局は先ほどのリーナを挟んだやり取りを思い出していた。

 総合力ではカイルが圧勝だが、カイルの強みは何と言ってもその魔力にある。弱点としては、近距離での剣技や体術になると、技術力に優れたエアハルトに軍配が上がるのだ。

 それを知っているエアハルトは、問答無用で剣を抜き、カイルの懐に入り込むように斬りかかった。これは卑怯でもなんでもなく、純粋な戦術だった。カイルもそれを予想していたことから、予備動作をほとんどせずに抜剣できた。

 魔力を乗せた二人の剣は、実際に魔法を使わずとも、風圧だけで周囲の砂礫や倒木を吹き飛ばした。一合二合と剣が噛みあい、十合目で鍔迫り合いになった。エアハルトの美麗な顔が近付き、カイルにリーナとは別のことを問いかけた。

「何故一人で組織を出た。お前には仲間がいるだろう」

 それはずっとエアハルトが思っていたことだった。だがエアハルトにも理由は分かっていた。カイルが姿を消さなければ、今頃は組織に謀殺されていただろうから。

「呪いを受けた。死につながる『偶然が重なる』呪いだ。だから一緒にいられなかった」

 端的に答えるカイルに、エアハルトは舌打ちをした。だから女神の泉を目指したのか。

「やむを得ぬ事情か。だが悪手だったな。ここは、もう三人の勇者を飲み込んだ迷宮だ」

 公式には伝えられていないが、ウォルフの前にも二人、この地で勇者が行方不明になっていた。エアハルトが知り得たのは、「絶刀」の契約者として、過去の勇者の記録を閲覧できる立場だったからだ。

 勇者の死はあまり詳しく公表されない。何故なら、勇者が死んだような場所への討伐に行きたがるような人間はいないからだ。また、その近隣の住人にも大いに不安を与えるもので、勇者ですら伝えらないことも多かった。

 だが、あの「賢者」なら知っていたはずで、警告くらいはしたはずだ。いかに好奇心が疼いたとしても、徒にカイルの命を危険に晒すことはないくらいには、あの「賢者」はこの勇者のことを気に入っているだろうから。

「知っている。アルノーが教えてくれた。それでも、このままでいるよりも、生き抜ける道を模索しようと決めた」

 進言した本人であるアルノーが一番迷宮攻略に乗り気だったのもあるが、カイルが生きていくためには、この迷宮を攻略するか、あらゆる呪いを浄化する「聖女」の誕生を待つしかない。「聖女」は歴史でも片手に余るほどしか確認されておらず、いつ誕生するかも分からないものに縋るほど、カイルには時間は残されていなかった。

「馬鹿者が。そういう時にこそ、私を頼れ。敵対するだけが『絶刀』の使い手ではない」

 言葉とは裏腹に、エアハルトはカイルの急所を狙って剣を繰り出す。それを受け流しながら、距離を取るために魔力を込めた魔法を放った。加減が出来ずにかなりの火柱になってしまったが、カイルもエアハルトも無傷だった。

「相変わらずの下手くそめ」

 上品なエアハルトからの粗野な言葉に、カイルはムッとして、また打ち合いになる前にいくつか魔法を繰り出した。

「俺に何かあれば、リーナをお願いします」

「言われなくとも分かっている」

 激しい攻防だったが、二人が話す内容は穏やかだった。

「でも、必ずリーナには謝罪してください」

「分かっている!」

 エアハルトも自分が悪いことを分かっていたので、カイルの言葉に苛立った。その隙を逃さずカイルは攻撃魔法を撃ち、エアハルトは咄嗟に防御の魔法を張った。

 そして、カイルの魔法は弾かれ、何か障害物に当たって消えるはずだった。

「やめてください!」

 突然響いたリーナの声に、二人の意識がほんの一瞬声の方向へ向かい、その魔法が声の方へズレた。

 その先にリーナの姿があった。

「「リーナ!」」

 カイルもエアハルトも叫んだが、防御も間に合わず、攻撃魔法はリーナを直撃したかに見えた。

 だが、着弾のほんの一瞬、何かがリーナの前に壁となって魔法は直撃はしなかった。それでも強力な魔法の余波でリーナは吹き飛ばされ、砂礫で手足や額から血が流れた。

 久々に全力でカイルは走り、軽い脳震盪で倒れて血を流すリーナを抱え起こした。そして、周囲の声も聞かずに不得意な治癒魔法をリーナに使った。

 カイルは繊細な治癒が不得意であるが、それは怪我を治せないのではなく、かすり傷や軽い打撲を治すような力の加減ができずに、瀕死の怪我を治すような治癒魔法を使ってしまうからだ。そのため、戦場では魔力を使い果たしてしまうから使用しないのであり、余力のいらない場面で躊躇することはなかった。

 暖かい光がリーナを包み、一瞬で小さな傷もなくなり、それどころか栄養不足だった髪や手指の荒れまで全てを修復してしまった。

 だが、勇者一行と「絶刀」の使い手一行という、人類最高戦力にして豪胆な人間たちが、カイルの腕の中で気を失ったリーナに、全員が息を飲んで言葉を失った。

「……リーナ、なのか?」

 カイルの茫然と呟いた声に、全員が同じことを思った。

 カイルの腕の中でそっと目を開けたリーナの姿は、十八歳という年齢相応の外見に変わっていたからだ。

 それも、目を瞠るような美しい娘に。

 自分だけがその事態を把握しておらず、春の空のような爽やかな青い瞳が、きょとんと自分を見下ろす全員を見返していた。

またまた次話までお時間をいただきます。

次回はいろんな意味でてんやわんや?


また投稿しましたらご覧ください。

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― 新着の感想 ―
全力の治癒魔法ってすごい・・・のか? 何がどうなってこうなったのか。 気になってしようがない症候群になってしまった、それなのに! 次回はてんやわんやと読む気をあおっておいて間をあけます宣言。 ちょっと…
[良い点] 更新お疲れ様です。 ……残念ですが自分はエアハルトさんを指示したいですね。彼の後ろに立って「ノーカン!ノーカン!」コールならぬ「処~罰!処~罰!」コール…したい位ですよ。それこそ某男を磨…
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