22.マリウスの後悔
今週は何とか投稿できました。
リーナの家へ向かう途中、ジークは先ほど通った家畜小屋の側で、掃除をしているカイルを見つけた。エアハルトは、それを見て冷たい視線を向ける。
「馬鹿勇者、何をしている」
「リーナの代わりに掃除と餌やりだ」
「見たら分かる。何故リーナ嬢と共にいないのかと聞いた」
「こいつらの面倒を見られなかったと気付いたら、リーナが目覚めた時気落ちする」
「本当は?」
「誤って、着替えさせられているリーナの寝室に入ってエルに追い出されて、手持ち無沙汰になった」
「本当に、お前は勇者なのか?」
また馬鹿正直に答えるカイルに、自分で問いかけておいて、エアハルトは腹を立てた。カイルに下心は感じられないが、どうしようもなく間の悪い男なのだ。
そんな問答をする二人だったが、エアハルトのカイルの呼び方が「貴様」から「お前」に戻っているので、怒りは半減くらいしたようで、とりあえずジークは苦笑するにとどめた。
「一緒にリーナ嬢の家にいくぞ。さっさと終わらせろ」
エアハルトは馬を降りると、顎を逸らし、カイルに命じる。それにアーベルが「自分もやります」と言って参戦し、掃除をカイルと代わった。一応、身分的にはカイルの方が上なので、汚れ仕事をやろうという気遣いからだ。カイルは礼を言うと餌やりを始めた。
「ジークベルト、お前もやったらどうだ?」
「ハルトはやらないのか?」
「私に家畜の世話は似合わん」
「なるほど。間違いないな」
何故か物凄く説得力のある言葉に、ジークはまた苦笑しながら家畜の世話をする。腹の大きいヤギが知らない人間に苛立ってカイルに頭突きしているのを宥めるのが大変だった。カイルはビクともしていないが。
あとは、アーベルが卵を採るたびに鶏たちに手を突かれているので、ジークが代わる。何故かジークは突かれないので、アーベルの眼差しに『槍聖』を見る以外の尊敬が足されるようになった。
それをエアハルトが腕組みをしながら監視する中で、三人は手際よく世話を終える。カイルとジークは平民出身で、こういった世話の経験があるが、アーベルも下級貴族出身だが騎馬の世話で慣れている。
その姿を発見した村人たちが、慌てて駆け寄ってくる。
「ああ、貴族の方や自由組織の銀級の方に何ということを!」
それは村の顔役の一人の恰幅のいい四十がらみの男で、その隣に息子と思われるその男と似た大柄な若い男がいた。その顔役はどうやら、村長に言われてエアハルトたちを追って来たようだ。もう一人の身なりのいい顔役の男と同じ年ごろの小柄な男と、マリウスと言ったか、村長の長男も一緒にいた。
おそらく、エアハルトたち騎士団だけでも村側に引き入れようと追って来たのだろう。
そんな村にとっては歓迎すべき男たちが、何故か村の共同の家畜小屋を掃除していたら、それは驚くだろう。
エアハルトがカイルを一瞥すると、身重のヤギと和解したのか、新鮮な青菜を手ずから食べさせながらエアハルトに頷いて見せた。
「昨日、体調を崩したリーナを休ませることを村長にも伝えたが、今朝になって誰も世話をしていなかったから、代わりに我々がやっておいた。通常は、こういった共同家畜は子供たちの仕事だと思うが」
ちらりとマリウスを見ると、慌てて大柄な若い男を見た。その男も慌てたように目を逸らす。マリウスはこの男に伝達を頼んだようだが、「いや、ちゃんと村の連中には伝えたのですが……」と男が口籠るところを見ると、どうやらあまり真剣に伝えなかったようだ。
その様子に、父親が息子を叱責すると、「でも、あれはリーナ以外やったことない仕事で、誰が当番か分からなくて……」などと、でかい図体を小さくしながら言い訳をする。
間がいいのか悪いのか、そこに村の方から別のふくよかな三十代後半の女が怒りながら歩いて来て、カイルやエアハルトたちに気付かないのか、背を向けた村の男たちに声を掛けてきた。
「あら、皆さんでお揃いで。村の水場の水が空っぽだったから、リーナが怠けているのかと思って来てみたら、やっぱりここにもいないんですね。厄介者のうえ怠け癖がつくなんて、もう村に置いておく価値もないんじゃないですかね」
「ロッタ夫人、お客様の前だ! そんなのは周りで協力してやっておいてくれ!」
村の人間だけだと思ってベラベラと話す女に、マリウスが慌ててロッタ夫人と呼ばれた人に声を荒げるが、既にカイルたちの耳には届いてしまっていた。そこでようやく女も他に人がいたことに気付いたようで、サッと顔が強張った。多分、村中噂で持ち切りだと思うが、相手が中央から来た騎士たちで、何やら不穏な空気が流れて、村の方の分が悪いことに気付き、「じゃ、じゃあ、あたしは戻りますから」とどもりながら引き下がった。
少し空気を読んで渋々と帰っていったが、その顔はどう見ても「どうして自分たちが水汲みを」と思っているのが丸わかりで、マリウスや顔役の男たちの顔色が引いていくのが分かった。
「共同の家畜小屋の世話に、共同の水場の水汲み。リーナ嬢は他に何をさせられている? 共同施設の管理か? 夜間の見張りか? それとも村全部の雑用か?」
エアハルトが、男たちに一つ一つ尋ねていく。その声は、夏の太陽が照らし始めたというのに、男たちの肌がうっすらと粟立つような冷たさだった。
隠し事を許さないその口調に、男たちが否定しないところを見ると、どれもリーナに課せられている仕事のようだった。
到底一人で担うことなどできない量の仕事に、アーベルが「奴隷でもありえない」と呟く。
「確か、地域合同の魔物狩りの雑用や、土砂崩れの復旧にも連れていかれたと。あとは、嵐の夜にも関わらず、牧場の柵の見回りをさせられていたな」
カイルが、雑貨屋の老婆から聞いた話と、自分が出会った夜のことも加える。エアハルトと違って淡々としていたが、それはカイルが何も感じていないからではなく、静かに怒りを抑えているのだと、顔役の男たちはその表情を見て悟った。
「両親の死で気が触れて、虚言癖やおかしな行動をするうえ、『不幸を呼ぶ』と言われている娘に、それほど重要なことを日常的に任せているのか、この村は」
ジークが何も言わないので、アーベルが先ほど村長宅であったやり取りを、怒りを乗せた声音で言い放つ。体は大きいが穏やかそうなのに、アーベルの怒りの籠った声に、男たちは狼狽えた。
「ここは魔物の被害も無く、他の村では当然自分たちでやるべき仕事もやらずに済むような、これまで私が見てきたどの村よりも『幸福で平和』に見えるが、『不幸を呼ぶ娘』がいるくらいだから、余所者には計り知れない他のことで、さぞご苦労されているのだろう。本当にその苦労とやらがあるのならな」
いっそ楽し気に聞こえるエアハルトの声に、男たちは白刃を喉元に押し付けられているような顔をした。
「そうだな。その『不幸を呼ぶ娘』をこれだけ村で敵意を持って接しているのに、ここの村人は、その『不幸を呼ぶ娘』の報復が恐ろしくないのかと感心していた」
最後のカイルの声に、若者二人がハッとする。
若者たちは、「不幸を呼ぶ」と自分たちで言っておきながら、その「不幸」が自分たちに降りかかるなど思ってもみなかったのだ。何故なら、リーナにどれほど辛く当たっても、誰もその「不幸」に遭っていないのだから。
大人たちが言う「不幸」とは、本当にリーナが生み出した「不幸」なのか。
村の外の人間に言われて初めて、マリウスはこの村の在り方が異様だと思った。
これほど迷宮の近くにあって、他の村のような毎年必ずある魔物の被害はおろか、マリウスを始め、村の若者は誰一人魔物の姿を見たこともなかった。
それに、今更ながらに、何故リーナが「不幸を呼ぶ娘」と呼ばれているのかも、詳しくは知らないことに気付いた。
顔役二人を見ると、二人の顔は、マリウスや息子と比べ物にならないほど蒼褪めていた。
マリウスや顔役の息子は、リーナの幼馴染だ。
リーナは、マリウスが物心つく頃にはこの村にいて、大人たちが言うように「余所者」という感覚は無かった。だが、王都から来たという、村の人間にはない空気を纏う両親に似たのか、村の中では非常に浮いた存在だったのは間違いない。
両親とも戦士に相応しい均整の取れた美しい姿かたちで、中央出身という立ち居振舞いも洗練されていた記憶がある。それがまた、田舎においては異質だった。
リーナはそんな両親から美徳を受け継いでいて、活発ではなかったが芯が強くて優しく利発な子供だった。この村の人間にはない、麦穂のような髪色と空のような青い瞳が、リーナを村の中で特別な存在にしていた。
それは、村長の娘のラウラを始めとした娘たちからの嫉妬の対象となったのだが。
同年代の少年は、皆リーナの気を引こうと、幼稚な手段で悪戯を仕掛けていた。マリウスは十になる頃には、村長の跡取りとして、自分が村の一番でないと気が済まない気性になっていた。だから、リーナに自分の存在を知らしめるために、一番の悪戯をしていた。
初めの内リーナは、驚いた表情を見せていたのだが、そのうちに困ったような表情を見せ始め、両親が亡くなった後、年頃になる頃には諦めの表情を浮かべるようになった。
リーナは、両親が亡くなった後には、著しく成長が止まったようになり、どんどん空色の瞳から輝きがなくなっていった。手足も棒切れのようで、背も十二、三歳の少女と変わりないほどしか伸びない。村長である父が、孤児であるリーナに生活の差配をしているので、自分たちと変わりない生活をしていて成長が遅いのは、両親似ではなく祖父母とかが小柄な家系だったのだと思っていた。
だが、その生活の差配が充分でなかったのなら?
成長するにつれ、リーナは笑わなくなった。こちから声を掛けてやっても反応が薄くなった。まるでマリウスたちが目に入っていないかのように。
いつでもリーナは走り回っていた。村に置いてやっているのだから、村人の手伝いをするのは当たり前なのだが、なかなかリーナを捕まえて話をすることが難しくなっていった。
自分は次期村長なのだから、自分だけに仕えると言えば、そんな労働からも解放してやるのに、と思っていた。要領が悪いのか、清潔であることしか良い点が見つからないみすぼらしい格好は、自分に縋れば村娘の誰よりも身ぎれいに着飾らせてやるのに、それだけの権威が自分にはあるのに、と。
だが、マリウスは、リーナが縋ってくるまで手を差し伸べるつもりはなかった。それが、村で権力を持つ者の矜持だったからだ。
だが、他の村娘は、マリウスに見初めてもらおうと近寄ってくるが、何年経ってもリーナだけはマリウスに目を向けることはなかった。
ようやくマリウスは、自分たちのやり方が間違っていたことを知る。当たり前だと思っていたリーナへの行為は、余所から見れば単なる虐待にすぎないのだから。
リーナは、永久にその青い瞳にマリウスを映すことはしないのだ、と。
茫然と「……リーナ」と呟くマリウスと、保身を考え出した顔役二人の忙しなく動き出した目、それと不穏さを感じているが自分では何も考えられないその息子を見て、エアハルトこそ嘆きたくなる。
「こんな村のために、あの方は犠牲になったのか。それもエルマ様と御息女も」
腰の剣を抜きたくなる前に、エアハルトは踵を返した。カイルもその後を追う。
ジークはため息を吐くと、彼に珍しく無感情な声で告げた。
「今後、俺たちへの気遣いは一切不要だ。それと迷宮への案内は、何とかする。そう、村長に伝えてくれ」
その場に立ち尽くした男たちは、ジークの対応が、組織と騎士団の一行が最大限穏便に済ませたものだと、夏なのに、血の気を失って冷え切った自分たちの指先で実感した。
カイルはヤギと和解し、彼女に撫でてもいい許可を貰えました。
そして、お気づきかと思いますが、カイルはドジっ子です。
アーベルは騎士団ではエアハルト以外に負けなしですが、鶏に久々の敗北を喫しました。
そして、お気づきかと思いますが、アーベルは苦労人です。
来週こそ更新が遅くなりそうです。
実は、この話と並行で新作を進めています。
元悪役令嬢の魔女が、森で幼児(訳アリ)を拾う話です。
まだ先かと思いますが、投稿できましたら、そちらもお読みいただけると嬉しいです。




