20.カイルは正直者
全員がリーナとエアハルトを交互に見る。
エアハルトの口調だと、リーナとは知己のようだが、それでも本人だと断じ得ない何かがあるようだった。エアハルトとは一番付き合いの長いジークが、口を開いた。
「ハルト、お前さんは頭の出来も相当いいと知っているが、リーナのことを先代勇者の娘となぜ断言できないんだ?」
ここにいる全員が知るエアハルトは、それはもう、気に食わない人間の上げ足を取るために、何年も前の夜会のボタンの色まで覚えている男だ。それが、記憶に掛かる条件と一致しているのに、何がそれほどこのリーナと先代勇者の娘リーナとの接点を疑っているのか。
「確かに、私が知っている〝リーナ〟は、麦穂の恵みのような柔らかな金の髪で、春の芽吹きの蒼天を思わせる軽やかな青い瞳をしていた」
「あなた、いつもそうやって女性口説いてるでしょ」
エアハルトが詩のようにリーナの容姿を謳いあげ、エルが白けてツッコむ。それを無視してエアハルトは続ける。
「それに、この面立ちは、母君である『希代の魔女』エルマ様に生き写しだ。だが、リーナ嬢が生きていれば、今年十八になったはずだ」
いつも自信に溢れて自分を疑わないエアハルトだったが、その記憶も戸惑いの前に霞んでいるようだった。
確かに、今気を失って目を閉じるリーナは、せいぜいが十二、三歳ほどにしか見えない。大人になれば五歳ほどは容姿との差があっても違和感もないが、この年頃で五歳もの実年齢と外見の乖離は無理があった。
「前勇者っていうと、騎士団でも有能な方だったけど、結婚相手を上層部に反対されて退団し、自由組織に移った直後に勇者に選ばれて、騎士団を失意のどん底に陥れたという……?」
ジークがやけに説明臭く尋ねる。ジークが確認したかった所は、騎士団の黒歴史ではなく、職業柄一定以上の体格が必要な騎士団に所属している以上、リーナの父親が小柄だとは思えなかったからだ。
カイルもそれに頷く。カイルは嵐の夜に、濡れた服を乾かす間、リーナの父の服を借りていたが、カイルよりも大柄な体格をしていたのは間違いない。
「ああ。そして母君は、先代勇者と並んでも遜色のない優美な方だった」
ジークは直接会ったことはないが、リーナの母も自由組織では有名な人間で、地属性と治癒魔法が群を抜く魔女で、彼女と同行できた組は、死者が出たことがないというほどだ。そして、その容姿も『春の女神』と呼ばれるほど美しいことも。ただ彼女も、夫と並んで遜色ないということは、それだけ長身だったということ。
「……そういえば、わたしたち、リーナの年齢をちゃんと聞いていなかったわ」
「……ああ」
呟くエルとジークの隣で、カイルはショックを受けて立ち尽くした。
「カイル、あんた、リーナが本当に十八だったら、土下座して賠償金払いなさい」
「……必ず」
「勇者、貴様、婦女子に何をした」
エルの断罪に素直に応えたカイルだったが、それに引っかかったのはエアハルトだった。既に呼び方が「お前」から「貴様」に変わっている。
「服を脱がせようとして、いろいろな所を撫でた」
「……一度、冥府に行ってくるか?」
誤解を恐れない正直な物言いのカイルに、エアハルトの血圧は最高潮になる。
「ハルト、一応弁護しておくが、服の件は、リーナは高熱を出していてやむを得ない事情があったのと、ちゃんとエルが対応したから未遂に近い。あと、いろいろな所は、頭と顔だ。リーナの名誉のためにも俺が保証する」
空気が帯電しそうなエアハルトの怒りに、ジークが宥めるように説明する。壊滅的に口下手なカイルと、怒りが沸点に達するまでが秒のエアハルトの組み合わせだけだと、そのうちこの辺り一帯を焦土にする戦いに発展しかねなかったからだ。
ジークの説明で、なんとか衝突を免れた二人だったが、まずは真偽のほどを確かめなければならない。
本人に聞けば一番良いが、今リーナは、何かに大きな衝撃を受け、気を失っている。病み上がりということもあるが、とても起こして聞く気にはなれないほど、蒼白な顔をしていた。
「ならば、この村の有力者にでも尋ねようか」
エアハルトが建設的な意見を出す。どうやら少し怒りは収まったらしい。
「貴様なんぞより、よほど大事な用件ができたから一時休戦だが、逃げようなど考えるな」
そう言ってカイルを睥睨し、剣をさっさと納めた。もはや逃げも隠れもしないことが分かっている勇者の捕縛より、リーナの件を優先するようだ。最速で着火するエアハルトだが、融通の利かない性格ではない。でないと、臨機応変な対応が求められる討伐体の隊長などやれないだろう。
ここで一行は、リーナを帰宅させるカイルとエル、村長宅に行くジークとエアハルトに分かれることになった。エアハルトの部下のうち、ラルフはカイルたちと、アーベルはエアハルトについた。
アーベルは、本当はカイルの方について行きたかったが、火種がなくてもたまに着火するエアハルトの火消しには、エアハルトよりも体格に勝る自分の方が、いざとなれば(相手側の)盾になれるから、という悲しい決意を持ってエアハルトに従っていた。上司のフリッツ副隊長に、くれぐれもエアハルトを頼む、と密命を仰せつかってもいる。
エアハルトはサッと騎乗すると、アーベルに指示を出し、村の中央へ向かうことにした。
村長宅を知っているジークが案内することになったが、「俺だけ徒歩か~」と言うジークに、アーベルが憧れの「槍聖」のジークに馬を貸そうとすると、「騎馬の無い騎士などいるか。そこの髭は地べたを行くのが似合いだ」と言ってエアハルトは邪険に扱うが、結局並足でゆっくり進むあたり、「槍聖」のことが嫌いじゃないんだなとアーベルは思うのだった。
村の中心に進むにつれ、徐々に起き出してきた村人たちで、ジークたちを奇異の目で見送る人数が多くなってきた。
人の目に慣れているジークもエアハルトも気にもしないが、エアハルトといると人だかりができるのは面倒だった。さすがにエアハルトも馬を降り、対外用の猫を被って、集まってきた村人たちに穏やかな笑顔を見せた。
エルといいエアハルトといい、貴族というのは一瞬で表情筋を全作り替えできるようだ。アルノーは完全に胡散臭い笑顔が地だが。
誰かから伝え聞いたのか、ジークたちが到着する前に、村長一家が出迎えた。
「これは、このような辺鄙な村へ、かの有名なキルヒナー様がいらっしゃるとは、光栄にございます」
今までで一番の上機嫌で遜った声に、ジークはやれやれとため息を漏らす。女性陣はうっとりとした目でエアハルトを見て、長男は不機嫌そうな顔をしている。
一般的にジークたちの所属する自由組織よりも、エアハルトがいる国家連合騎士団の方が格式が高いと言われている。実際所属するのは騎士なだけあって、装備も騎馬も金が掛かるし、上層部がほぼ貴族出身の子弟で構成されているのもあって、平民でもよほど裕福でないと騎士団入りはできないからだ。
いっそ清々しいほどに権力主義の一家だった。
流石に銀級のジークを邪険にはしないが、歓迎度合いが明らかに違った。
下にも置かない扱いで、全員家の中に招き入れられた。
「遠路お疲れでしょう。このような辺境ではございますが、物だけは豊富にございますので、精一杯お仕えさせていただきます」
かなり慇懃に対応する村長だが、話に邪魔な子供たちを下がらせる気はないようで、無駄な給仕を受ける羽目になった。
「もてなしには及ばない、ゴドウィン・シスリー殿。貴殿とは中央会議で何度かお会いしたと思うが、こちらは協力を依頼する側だ。どうか気楽にしていただきたい」
ジークはチラリとエアハルトを見る。エアハルトはこの村長を知っているようで、中央ということは、この村長も元は中央に近い貴族だったようだ。
さて、ハルトは何を聞くつもりかな。
エアハルトの貴族然とした表情を見て、ジークは少し楽しくもあった。
正直に端的に話をしているはずのカイル
どうしてそうなった




