19.三番目の来訪者
リーナは、家畜小屋まで走って逃げて、カイルを撒いた後、家畜の世話をしようとしていたようだ。
案外、というか、かなりリーナの足は速く、気を抜くと距離を離されそうになるが、そこは勇者たる身体能力に物を言わせ、悠々とカイルは追いついて世話を手伝おうとした時だった。
牧畜とは別の主の家禽のための家畜小屋は、街道側の村はずれに近い場所にあり、早朝だというのに街道から誰かが来る気配がした。こんな辺境には珍しい、馬車ではなく騎馬での一行のようだった。
カイルはその騎影に見覚えがあった。
「まずい」
遠目でも目立つ白い軽鎧は、今のカイルには非常に面倒な代物だった。そして、嫌でも目に入る(悪目立ちとも言う)先頭の金髪は、更に面倒事しか感じなかった。
「逃げるぞ」
「え!? な、なんで……きゃ!」
カイルは迷わずリーナを抱えると、回れ右をして走りだそうとした。すると、すぐ近くまで来ていたらしい、ジークとエルと目が合った。どうやら朝から二人で散歩をしていたらしい。仲のいいことだ。
と、そうではない、と思い直し、カイルは二人の方へ走った。二人も状況を見て、迷わず回れ右する。
取りあえず、自然と全員で走って逃げることになった。
そしてカイルは、仲間に重大なことを、走りながら告げた。
「キルヒナー隊長だ」
「見たら分かるわよ! っていうか、リーナは置いていきなさいよ! 一緒にいたら共犯にされちゃうじゃない! あ、ほら、金色がすんごい顔で睨んでる!」
「…………あ…………」
「なななななんで、わたし、何をしたんでしょうか!?」
リーナはカイルに後ろ向きに縦抱きにされているので、カイルの肩越しに追手の様子がよく見えるようだ。
いくら人類最高峰の身体能力を持つ一行とはいえ、騎馬相手に差を付けることはできず、背後に肉薄する気配を感じた。
ジークが「ちょっと借りるぞ~」と言って、走りながらカイルの剣を抜くと、そのまま反転して、光の速度のようなエアハルトの剣戟をサラッと受け止めた。ガキッという剣が交叉する音と共に、一行の隣を騎影が駆け抜けていき、数十歩先に道を塞ぐように立ち塞がる。
「御挨拶だなぁ。元気だったか、ハルト」
「ハルトと呼ぶな。どれだけ私の腸が煮えくり返っているか分かるか、この馬鹿勇者と勇者馬鹿ども。おまけに、逃亡の罪の他、略取の罪も重ねるか。大人しく縛に就け」
気安いジークの挨拶に、目が笑っていない半笑いで答えるエアハルトの目には、カイルが未成年者を略取しているようにしか見えないようだ。その通りであるが。そのエアハルトが呼んだ名に、「……馬鹿勇者」「……勇者馬鹿」とカイルとエルが少し衝撃を受けていた。
ある意味エルより血気盛んなエアハルトが、その実子供にだけは甘くなるのを知っているジークは、苦笑しながらカイルの鞘に剣を戻し、ポンポンと肩を叩いてリーナを下ろすように伝える。
「ハルトがそんなに怖い顔をするから、カイルも女の子も怯えているだろう」
「……俺は、驚いただけだ」
真面目に答えるカイルに、可愛いなと思いながらジークは頭を撫でた。
「おい。何をのんびりしている。自分たちの立場を忘れたか、暢気者どもめ」
「隊長、隊長。お顔が……」
向かい合ってカイルたちを挟んでいる別の騎士のラルフが、エアハルトに苦言を呈する。世の中の女性の九割が見惚れると思われるその顔が、オーガのようになりかけていた。
カイルがリーナを下ろしたを見て、エアハルトがリーナとエルに声を掛ける。
「お嬢さんと脳筋神官は下がっていなさい」
「ちょっと、物申す! なんでわたしはお嬢さんじゃないのよ!」
そんなエルの抗議に、エアハルトは「ハッ」と鼻で嗤った。女性尊重主義のエアハルトがそんな扱いをする女性はそう多くないが、これまで煮え湯を飲まされた経緯がエアハルトの主義を曲げさせていることに、エルだけが気付いていない。一応、どいていろというだけエアハルトに良心が残っている証拠だった。
そのバチバチとする空気の中、ジークが手を挙げた。
「ええっと、ハルト。俺、武器を持ってないんだが」
「……ジークベルト、お前は気を抜きすぎだ。『槍聖』ならば獲物くらい、常に持っておけ!」
来てからずっと怒鳴りっぱなしのエアハルトに、ジークはやれやれと肩を竦めて、小道の横に落ちていた少し太めの木の枝を見つけ、それを構えることにした。それだけで、ジークの周りの空気が変わる。恐らく、エアハルトが連れてきた部下二人では、恐らく木の枝でさえジークには勝てないだろう。
「本当に、腹立たしい男だ」
エアハルトが吐き捨てるようにジークに言って、自分は馬を降りる。普通の戦闘ならば騎乗している方が有利だが、カイルやジーク相手では、馬ごと斬られてお終いになる。
「エルフリーデ様、お下がりください」
「分かったわ。一緒に下がっていよう」
もう一人のエアハルトの部下のアーベルがエルに声を掛けると、エルも心得てリーナと一緒に下がる。そこはエルを狙って攻撃を仕掛けないのが、エアハルトの部下たちだ。腕も一流だが、矜持も良識も高いキルヒナー隊の精鋭なだけあった。
まあ、エルに斬りかかったとしたら、エルからの手痛い反撃はもちろん、瞬殺で「槍聖」に始末されるのが分かりきっているので、最初から無駄なことはしないのもあるが。
何が起きているか分からない状況のリーナは、素直にエルの言葉に従って下がる。ただ、一触即発の気配だけはヒシヒシと感じていて、ただそれが何故カイルたちに向けられているのかが分からなかった。
「この地に流れ着くとは。『勇者』よ、お前は一人で消えるべきではなかった。この地が何を意味するか、お前には分からぬだろうが、お前が選定される前の『勇者』が、八年前に家族諸共消息を絶った地。『勇者』を食う『迷宮』と言われている地だ」
エアハルトが朗々とカイルに言い放つ。その言葉に、リーナは衝撃を受けた。カイルは、この世界に四人しかいない『勇者』なのだ。
だがそれより、その後のエアハルトの言葉に愕然とした。
リーナは十八歳で、両親を十歳の時に亡くした。そして、両親は、自由組織の戦士と魔女で、迷宮で命を落とした。
そして、勇者が持つ自由組織の指輪の色は「金」だ。
リーナは現在、両親の形見として自由組織の指輪を一つだけ持っている。
両親が亡くなった時、大切なものを迷宮に落としてきたと言って、村人にそれを探して持ち帰るよう言われ、無理やり両親を殺した迷宮に入らされた。
その時命じられたのが、両親が持っているらしい自由組織の金と銀の指輪だったが、その指輪は母が指にしていた銀の指輪しか迷宮に持って行ってないはずだったから、見つからないと伝えた。
実際迷宮には、指輪は一つも落ちていなかった。リーナが大切に「家に保管している」指輪以外は。
だって、父は出かける前リーナに、「誰にも見せてはいけないよ」と言って、自分がしていた指輪を置いていったから。その指輪のことを父からは、「自分の指輪は『黄銅』だ」と聞かされていた。それだからずっと父の形見は最下層の「黄銅」だと思っていた。
だから、村の大人たちが探せと言っていた指輪は、母の物だけだと思ったのだ。
でも、それが本当は「金」だとしたら。「黄銅」と「金」の見分けなど、見比べたことがないリーナに判別するのは無理だった。カイルの『銀』を判別できたのは、うっすらと母が持っていた指輪を覚えていたからだ。
「……リーナ、どうしたの? 顔が真っ青よ」
急に震え出したリーナに、エルは声を掛けるが、リーナには届いていなかった。
リーナ頭の中で、外見で一つも似たところのないのに、亡くなった父とカイルの姿が重なった。自然と足がカイルの方を向いていた。
その傍らで、カイルとエアハルトの対峙は限界まできており、フッとエアハルトが息を吐いた後、カイルと剣を交えていた。
「お前を死なせる訳にはいかん。投降しろ。でなければ『絶刀』を使って、手足を捥いででも一緒に来てもらおう。そこの大神官なら手足ぐらいつなげるだろう」
鍔迫り合いの中で、物騒なことを呟くエアハルトだったが、その目は真剣だった。それにカイルは僅かに眉をひそめる。エアハルトは苛烈だが、カイルに敵意がある訳ではない。国家連合騎士団の中では、カイルを擁護する少数派ですらある。それがこれほどまでに迷宮入りを阻もうとするのだから、「勇者を喰う迷宮」が何なのか知りたいと思った。
「リーナ! 危ないわ!」
その緊迫の中で、エルが大きな声を上げた。全員がそちらを向いて、戦闘どころではなかった。
「やめて、ください。……お願い。もう、誰も傷つかないで」
リーナがフラフラとカイルとエアハルトに近づき、カイルの腕に手を置くと、大きな青い瞳に涙が溢れ、その後フッと意識を失った。それを咄嗟にカイルとエアハルトが手を差し伸べて支える。
「リーナ、しっかりしろ!」
カイルがリーナの頬を軽く叩くが、リーナの顔色は蒼白どころか血の気を全く感じさせなかった。急いでエルに引き渡すが、治癒でもどうにもならないようだった。
「おい、勇者。その娘の名前をもう一度言え」
それまでリーナを凝視していたエアハルトが、突然思わぬことを言い出した。カイルはそれどころじゃないと思ったが、エアハルトの顔を見たら、リーナといい勝負になるくらいに蒼褪めていた。それに、何か胸騒ぎのようなものを感じる。
「この村で一人で暮らしている、リーナだ」
カイルが言うと、エアハルトは口元を掌で覆った。
「そんな馬鹿な。だが、髪も目の色も同じだ。しかし、年齢が合わない……」
常のエアハルトにないおかしな様子に、その場の全員の視線が集まった。
それに気付いたエアハルトは、一度空を仰いだ後、大きな息を吐いた。
「この娘は、もしかすると、先代勇者ウォルフ・シェーラーの一人娘『リーナ』かもしれん」
その言葉に、朝の冷えた空気とは別の、重く冷たい沈黙が流れた。
エアハルトが、部下に止められるような顔をしていたシーンは、作者の想像では、彼の顔にモザイクをかけて執筆しております。
女子の夢を守るため、オーガ化、ダメ、絶対。




