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15.村の秘密

 カイルが戻ると、薬と薬水をリーナに飲ませて眠らせた。その後、居間を借りて全員で額を合わせるようにテーブルに座る。

「そういう訳で、私は怒っています」

「どういう訳かさっぱり分からん」

 勢いよく結果と感情論だけ話し出すエルに、ジークが穏やかに突っ込む。

「だって、おかしいわよ。この村って、何であの子に酷いことをするの?『不幸を呼ぶ娘』って何よ。あの子からはおかしな気配なんてしないわよ」

 不幸を呼ぶと言うのなら、それは呪いだ。

 エルは先ほど癒しの力を使った際に、こっそり浄化を掛けてみたのが、リーナの気配に変化は無かった。もちろんカイルにかかった呪いくらい強力なものならばエルには解けないが、カイル級の呪いなら不穏な気配がするので分かる。カイルが仲間から逃げた理由も、エルが何となく気付いたことが一因だった。

 本人ではなくて周囲に死をもたらすほどの呪いなら、エルに分からないはずはなかった。

 カイルが村長の娘に聞いた話では、若い世代はリーナに纏わる「不幸」にぴんと来ていない様子であり、直接的にリーナを恐れる雰囲気はなかった。

「私は直接的な虐待を見た訳では無いけれど、ここへ来る途中の村人の視線で何となく分かったわ。リーナを『不幸を呼ぶ娘』と信じているって」

 その辺りの事は、カイルが説明をした。数年前にリーナの周りに人死にが出る不幸な事件が幾度かあったことを。

 雑貨屋の老婆の言ったことも伝え、村長の年代の大人の世代が過剰に反応してリーナを嫌厭した結果、子供の世代が大人を真似てリーナを虐げている、といった見解に至ったのだ。

 カイルはリーナを直接的に虐待する人間と、遠巻きに嫌悪感を見せる人間の二通りがいることに気付いた。

 前者は、どうやら不幸が起きた時の当事者や亡くなった人の家族、それと若い世代だ。後者は、それ以外の村人と言ったところだ。

 前者の当事者とその家族はリーナを逆恨みするのも分からなくはないが、若い世代は親たちの態度を見て、リーナを「虐げてよいもの」と認識しているからと思われる。人間とは、自分たちの囲いの外にいる存在には、どこまでも残酷になれる生き物だ。

「おかしいわよね。そんな数年前に二、三度起きた人死にを、全部あの子に結び付けるの」

 そう言って、何故かその場いる全員が違和感を覚えた。

「そもそも何故、こんな平和な村で、『守られるべき年齢の子供』が、そんな幾度も命の危険に晒されるような場所にいたのでしょうか」

 アルノーが言って、違和感の正体に気付く。

 カイルが雑貨屋の老婆から聞いた話は、今思えばあまりに不自然だ。

 今から数年前なら、リーナは十歳に満たないかもしれない。そんな年齢の娘が、何故迷宮や魔物討伐や土砂崩れの見回りに駆り出されたのか。二度目の討伐に至っては、補給部隊から一人で物資を運ばされたと言っていた気がする。魔物狩りをするような場所で、少女を一人で行動させるということがどういう意味か考えて、一行は胃の腑辺りが冷えた気がした。

「やだな。オレ、この村の人間、嫌いになったかも」

 クルトがボソッと呟く。

 村人の全員が関与している訳では無いと思うが、村でも発言権のある人間の幾人か、あるいはほとんどがリーナの死を望んでいるかのようだ。積極的にそう思っていなくても、死んでも構わないとは思っているのは間違いない。

 今は遠巻きにしているようだが、危険な仕事があれば率先してやらせているようだった。嵐の夜の柵の見回りなどがいい例で、本来あんな少女にさせるべき仕事ではないはずだ。家畜など一度逃げても、居心地が良ければ勝手にまた帰ってくるものだ。

 重い沈黙が下りると、急にエルがダバダバと涙を流した。

「どうしたんだ、エル?」

 隣に座ったジークが、尋ねる。エルは、テーブルの上に置いた両の拳をギュッと握る。

「さっき、熱でうなされて言ったのよ、あの子」

 すぐに働けるようになりますから、どうかこの両親の家から追い出さないでください。

 夢でまで懇願するほど、その会話は現実で何度も繰り返されたのだろう。

 こんな辺境でこんな少女が一人、家も無く放り出されたら、良くて荒野を彷徨って餓死するか、魔物の餌食になるかだ。行商は村長の妻の実家の息が掛かった商会だと言っていたから、行商に連れて行ってもらうことも望みが薄く、自分の薬や服を後回しにするほど生活はかつかつで路銀など持ち合わせてないだろう。

「そういえば、村の子に蹴られていた時も、似たようなこと言ってましたね」

 珍しくアルノーが不機嫌そうな声で言った。世の中は、魔術か魔物の研究に関わる事かそうでないかしか区別の無いアルノーだったが、さすがに不快感を抱いたようだった。

 涙を流すエルにまたジークが手巾を渡すが、「さっき使ったやつだからいらない」と言われて、有無を言わせず涙と鼻水を拭いてやった。もちろん使用していない面で。

 鼻を赤くしながらもエルの涙が止まったところで、アルノーが結論をまとめる。

「今までの違和感を総合すると、『迷宮』には近付いていないのに魔物がいることを『知っている』こと、そしてこの村には安全を忖度しなくていい人間がいるということ」

「辺境で、戦士もいないのに何故か貴重な迷宮産の薬草を使った薬が置いてあること」

 アルノーにカイルが付け足す。

「薬草の知識と、少ない道具で精油を作れる女の子がいること」

 エルも続ける。

「うわぁ。オレ、本格的にこの村、嫌いかも」

 クルトの言葉にジークも頷く。

「この村全体で、リーナから搾取している」

 苦々しく言ったカイルの言葉を否定する人間はいなかった。

 聖樹草は立派な資源だ。一握りでもいい金額になるし、処理状態で納品すれば更に価値が上がる。それなのに、その薬草を一手に作っていると思われるリーナの生活状況を見れば、見返りは全く無いと言っていいだろう。

 それに、村人は、聖樹草以外でも対価を払わずにリーナを使い潰していた。生活物資は、村長から週に一度、最低限のものが渡されていると娘から伝え聞いたことがある。それも到底足りているとは思えないが。

 搾取という言葉以外に表しようが無かった。

 この家と庭だけが、リーナを否定しない場所だったのだろう。だからリーナは、尚更にこの場所にしがみつかずにはいられないのだ。

「でも、嫌ね。こういうのって。魔物相手ならぶん殴れば解決できるのに」

 心底不快と言いたげな顔で、エルが呟く。

「脳筋らしいお言葉で、いっそ清々しいですね。同感ですが」

 言葉は悪いが、アルノーは肯定した。

 じっとりと重い空気だったが、二人の会話で少し和む。

「でも、これで俺達の悩みは一つ解決した」

 珍しくジークが皆に提起する。クルトが「ああ」と声を上げた。

「俺達の目的である『迷宮』への案内人のことだ」

 この際、彼女の年齢が倫理的にどうだという話はしない。彼女は一人で魔物の徘徊する迷宮まで往復できる立派な大人だ。それに、勇者の一行に付いていくなら、これ以上の安全は無いだろう。

 少なくとも、村人の悪意から遠ざかるだけ、迷宮の方がマシなはずだ。

「もう一つ、最大の悩みも解決するではないですか」

 何故かアルノーが突然、非常に上機嫌に言ってきた。「最大の悩みって何だ?」と胡乱な目でクルトが見るが、アルノーは構わずニコニコとする。

「これで、もう村長宅に寝泊まりせずに済みます」

「……」

「……」

「……」

「「「おお!」」」

 カイル以外、全員でポンと手を打った。

「ここ居心地いいもんなぁ。静かだし。オレ、居間の床でも全然寝れる」

「そうね。六人はちょっと狭いけど、全然問題ないわ」

 まるで既に家主に了承を貰っているかのように話し始める。

「待て、それではリーナに迷惑が……」

「じゃあ、カイルだけ村長んちに居ればいいじゃん」

 クルトが返すと、カイルはグッと言葉に詰まってしまった。それは絶対に嫌だった。

 それに、最初にここの居心地の良さを知っていたのは自分なのだ、と何故か秘密の隠れ家を暴き立てられたような理不尽さを感じた。ふつふつと怒りが湧いてくる。

「俺は、六日、あの家で我慢した。お前たちはまだ三日だ。お前たちの方こそ遠慮しろ。俺だけここに移る」

「うわぁ、こんな横暴なカイル初めて見た」

 仲間たちが来てからは緩和されたが、それまではあのしつこい監視がカイル一人に向かっていたのだ。一日に何度この家に戻りたいと思ったか分からない。またあの生活に戻るかと思えば、横暴だろうと何だろうと抜け駆けは許さない。

「なんだかんだ言っても、やっぱこっちがいいんだろ?素直に一緒に泊まらせてもらえばいいじゃん」

「……」

 そのとおりだ。リーナへの申し訳なさと村長宅の生活を天秤に掛けたが、天秤が壊れる程勢いよく居心地のいい方へ傾いた。思えばカイルたちが泊まることで、礼として食材の提供をすれば、リーナの食事事情もいくらか改善するのでは、と。

「……その方向で話をしよう」

 ふと、一生懸命木の実を食べるリーナの姿を思い出し、一行にそれを見せるのが少し惜しいと感じてしまった。

 よし、木の実は封印しよう。いや、それでは自分が見られない。よし、誰もいない時にこっそり餌付……栄養補給させよう。

「……なんか、カイルが無表情なのに気持ち悪いんだけど」

「ホントだ。『家出』した時とおんなじ顔してる」

「私たちに言えないようなことを画策しているんでしょうね」

「『家出』も駄目だけど、悪いことも駄目だぞ」

 仲間を慮って離れたことを「家出」扱いされていることはもちろん腹が立ったが、何故か餌付け計画を見透かされているようで思わずゾッとする。

 一瞬、本当にこいつらが仲間でいいのか、と疑問を抱いてしまったカイルだった。

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