14.大神官、怒る
カイルが村に戻ると、偶然仲間たちと会った。クルトとジークは疲れ切っており、エルは噴煙を上げそうなほど怒っていた。何があったかは想像に難くない。
カイルは一同を見やると、金魚のフンのように一行を後から追いまわす村人たちを振り払い(エル以外はちゃんと紳士的に離れた)、食堂ででも成果を話し合おうとその場を離れようとした。そういえばアルノーがいないようだったが、どうせ魔力で居場所を察知するから問題ない。
一行がその場を離れようとした次の瞬間、辺りに濃密な魔力の気配が漂った。良く知ったその気配に、アルノーが自分たちと合流するのに転移してくるのを察知する。
果たして、予想通りアルノーがその場に現れたのだが、予想外な事に何かを小脇に抱えていたのだった。
「いやぁ、皆さんお揃いですね。実は村の外れで、可愛い小動物を拾っちゃいました」
そう言って脇に抱えたものを一同に見せるが、それがくったりとした幼げな少女だと分かった途端に悲鳴が響き渡った。主にクルトの。
「大事に扱えぇぇ!」
「ええ、でも片手で抱えないと杖使えないですし、ほら、何とか生きてますから」
意識が無くてぐらぐらする娘の両脇に手を入れて、猫の子を扱うように見せるアルノーに、エルが蹴りを入れて、ジークが素早くアルノーから娘を奪おうとするが、その前に疾風のようにカイルが娘を横取りした。カイルは女性に触れることは慎重なので、いつもはこういった役目はジークが担っていたのにだ。常と違うカイルの行動に、一同は大変驚かされた。
「リーナ、リーナ!」
ぺちぺちと軽く頬を叩くと、リーナが薄っすらと目を開けた。どうやらカイルは娘の名前も知っているようだと、更に仲間は驚いた。
「……カイル、さん」
朦朧としているのか、開き切らない瞳をカイルに向けるが、力なくも嬉しそうな笑みを浮かべた。だがすぐにリーナは目を閉じてしまった。
「何があった?」
カイルが静かな怒りを込めて問う。
「私にもさっぱりですが、この小動物が倒れているところに村の女の子たちが、言い付けたことをやらないと自分が遊びに行けないと言って足蹴にしてましたね」
アルノーが「小動物」を拾ってきた状況を語った。さすがの一行もアルノーの奇行を責められなかった。迅速に保護する必要を感じての事だったわけだ。
急にカイルの気配が冷え切った。その雰囲気のまま遠巻きにする村人を睨む。
「行くぞ」
低く言って、その場を去ろうとするのを、慌てて仲間が追いかける。
「行くって、どこに?」
「この娘の家だ」
「……家まで知っているのかよ」
クルトもそうだが、仲間たちもこの娘とカイルの関係を不思議に思う。
カイルは明らかに村人とは距離を置いていたと思うのだが、どうやらこの娘に関する限り、村人と同じ扱いではないようだった。
自分たちが合流するまでの数日間にこの娘と知り合ったのだとは思う。もしかすると、日参している場所は、この娘の場所なのかもしれない。仲間たちは、カイルが日々どこか特定の場所を訪れていることは知っていたが、カイルが言い出さないうちは聞かないと決めていた。
カイルは無造作に立ち上がるが、リーナを支える腕はとても丁寧だった。
ズカズカと歩いているようで、腕の中のリーナがまったく揺れていないあたり、相当大切に扱っているのが分かる。それだけで、一行は何か勘ぐりたくなるのだが、見るからに十歳は下に見える少女に、カイルが懸想するのだろうかとも思う。この堅物が、と。
しばらく村の中を歩き、その端々で出会う村人の反応に嫌悪があるのを感じ、カイルの一行は、その視線がリーナに向いていることに気付く。この稀なカイルの行動も、その嫌悪に起因したものとうっすら理解した。
村の外れまで来ると、ひっそりとした、しかし良い雰囲気のある家に辿り着いた。小さな庭には野菜とハーブのようなものが植えてあり、丁寧に手入れされているのが見て取れた。家も質素ではあったが、清潔に保たれて荒んだ様子はない。ただ、住人であろうリーナだけが擦り切れた様子だった。
「アルノー、開けてくれ」
「不法侵入で訴えられませんか?」
まるで家主かのように堂々としたカイルの言い方が面白かったのか、含み笑いでアルノーが尋ねる。
「家主にも文句は言わせない」
やけにきっぱりと言うカイルに、お手上げとばかりにアルノーは観念して、杖を振ってあっさりと解錠してしまった。鍵穴に合わせて土を捏ねるだけの簡単な土魔法の応用とか言っていたが、単純な錠前でなくても開けているところを目撃しているので、恐らく彼が言うような簡単な術式ではないと思われる。
解錠した戸をジークが開けてやると、外観と同じく質素だが清潔な居間があり、カイルはそこを通って、迷う様子もなく一つの部屋を示した。エルが慌てて止める。
「ちょっと、そこってこの子の部屋よね。なんで躊躇なく開けようとしてるのよ」
「緊急事態だろ」
エルは女の子への配慮のないカイルの行動にため息をついて、「少しは気を使いなさいよ」と言って、最初に自分が部屋に入ることを了承させた。もし脱ぎっぱなしの服や下着があったら、いくら自分の体調を気遣ってとのこととは言え、カイルへ素直に感謝出来ないだろう。
そう思ったのだが、エルは部屋に入ってみて、そんなことは杞憂であることを知った。外と同じで、ただ宿のように整えられた部屋しかなかった。物が極端に少ないと言った方がいいのかもしれないが。ホッとしつつ、「いいわよ」と言って部屋に入る許可を出す。
窓を開け放して夏の熱気を外に逃がす。振り返れば、カイルはリーナを寝台に横たえて、その襟元に手を掛けようとしていた。
「とう!」
咄嗟にエルはカイルに飛び蹴りを食らわせる。床に転がったカイルは「???」と顔に疑問符を大量に浮かべていた。それを見て、流石に他の男性陣も気まずい表情を見せた。
「冷静になれ、この朴念仁が!」
まだ幼いとはいえ、れっきとした女の子の服に手を掛けるとは何事か、と。はっきりと熱の有る顔をしているから、義務的に服を緩めようとしたのだとは思うのだが、それは女手の無い緊急の時だけで、表情一つ変わらず冷静そうに見えるこの勇者が、その実怒りで大変頭が沸いている状態だということに気付く。
「あんたたちは外に出ててちょうだい。アルノーはこれを冷やして」
部屋の外に男性陣を追い出しながら、腰帯に挟んだ布をアルノーに渡す。とにかく今はリーナの熱を下げなければならないので、アルノーの魔術で布を冷やしてもらうことにした。
はいはい、と不真面目な返事をしながらも、その場で適度に布を冷やして手渡してくる。桶でも探して持っていきますよ、と、やけに気の利いたことを言ってくる。あれで、アルノーは頭の切れる男だ。ただ猛烈に空気を読まないだけで。
エルは、息の弾むリーナの衣服を緩めると、首筋や額などを拭ってやる。そして、病には効かないのだが、気休めでもと癒しの力を使う。癒しの力は、骨折や裂傷などの「怪我」には覿面な力なのだが、病は聖女であろうとも癒すことは出来なかった。特にこのような風邪か熱中症かも判断のつかないような初歩的な症状は、薬で治すしかないのだった。
リーナの呼吸が少し落ち着いたので、エルは仲間を部屋に呼んだ。すると、どこから見つけたのか、アルノーが桶を持っていた。エルは、それを村長宅の風呂場で見た気がするのだが、些細なことと断じて無視する。
そして、その桶に温んだ布を浸して冷やすと、リーナの額に乗せた。
すると、その冷たい感触が気持ちいいのか、リーナがうっすらと目を開け、その明るい青の瞳にエルを映した。
「あ……、女神、さま?」
「「「いやいやいやいや」」」
カイル以外の三人が、夢現な様子のリーナの寝言に全力で突っ込んだ。
「やだ、この子可愛い。持ち帰りましょう」
エルが頬に手を当てて身悶えするのを冷ややかな目で見る男性陣。ただカイルだけが、寝台の反対側にある文机の上にある物をジッと見ていた。綺麗な瓶が置いてある。
「あなた、リーナと言うのね。私はエルよ。あなた今、とても高い熱があるの」
エルは病人といってうやむやにせず、しっかりと症状を伝えた。すると、リーナは意識が混濁するほどの熱を押して口を開いた。
「エルさん。ご迷惑をお掛けしますが、台所の奥の棚に、ヤロウの精油があるので、持ってきていただけますか?」
弱々しくはあるが鮮明な言葉に、エルの方が驚かされた。その言葉がしっかりしていたこともあるが、何より指示した物は解熱の効果のあるものだったからだ。でも、雑貨屋にある薬ほどの効き目はない。
「私は神官よ。少し台所を弄らせてもらっていいかしら」
「……はい」
神官という言葉だけでエルの言いたいことが分かったようだ。薬の知識があるということに安堵したのか、それとも何かを言う気力もないのか、くったりとして目を閉じた。エルは、早速台所で作業するのに、指でちょいちょいとカイルを呼ぶと、一人だけ連れ出した。
「カイル。あの子の両親は?」
「……組織の戦士だったようだが、迷宮で命を落としたらしい」
「村の犠牲になったのに、なんか、あの子に対する村人の態度は冷たかったわね」
「どうやら、『不幸を呼ぶ娘』だと言われて、酷い扱いを受けている」
なるほど、それでいつになく他人の肩を持つのか。カイル自身が呪いを受けた身であるからか、はたまた孤児であるという生い立ちがそうさせるのか、一方的かもしれないが共感を抱いているのだろう。それだけではないような気がして、エルはカイルに尋ねる。
「村人はともかく、取りあえず村人から庇っちゃうくらいには、あんたはあの子に恩義を感じているのよね。多少、村の人と険悪になってもいいくらいの」
でなければ、子供と言えども他人にあれ程親身になることはない。それくらいには、カイルが人間を好きでないことは知っていた。カイルも意味を分かって頷く。
「嵐の夜に助けられた」
あの嵐は、下手をするとどの「不幸」よりもカイルの身を危険に晒していた。怪我などは、大地の女神の勇者であるカイルには大した脅威ではないが、長旅の疲れもあってあの風雨で削られた体力は底を突きかけていた。だから、リーナがもたらしたあの夜の宿は、カイルの命を救ったと言っても過言ではない。
カイルにとって、あの乾いた服とスープと寝台の価値は、宝箱いっぱいの宝石よりも高い。
エルは、「ふうん」と言って、ビシッと扉を指さす。またカイルの頭に疑問符が浮かぶ。
「恩義感じてるんでしょ。雑貨屋でも薬屋でもいいから、解熱剤を買って来なさいよ。ちゃんとした診察じゃないけど、見立てでは疲労から来る発熱だと思う。確かにヤロウは解熱効果があるけれど、確実に対症するなら薬の方が絶対でしょ。それに、きっとあの子はその薬を買えないから」
カイルはハッとなる。
雑貨屋の老婆はリーナに隔意を持っていないから薬を売ってくれるだろうが、確かに村人がまともな給金をリーナに渡しているとは思えない。だからこの家には庭先で育てられるような野草を使った手作りの精油しかないんだ。
カイルの片手でも覆えるような小さな顔は、茹でられたように熱で真っ赤だった。胸の辺りにもやもやとした怒りが起きる。それを抑えてカイルは家を出た。もちろん、リーナの薬を買いに行くためだ。
そんな様子のカイルを見送ると、エルは「さて」と言って腕まくりをする。台所を物色して見つけた木の器に、水と手持ちの薬袋から砂糖と塩を入れて補水液を作る。ヤロウは、薬を飲ませてから様子見の後に飲ませるよう取っておく。
部屋に戻ると、何故か男どもがリーナのベッドを遠巻きにしている。
「何してるの、あんたたち」
「いやぁ、こんな小さいのの看病なんてしたことなくて、どうしたらいいんだか」
不安げにクルトが訴えてくる。
「俺が看ているから居間でも借りていろと言ったんだが、何だか目が離せないらしい」
家を出る前は五人の弟妹のいる長男だったジークは、こういう看病に慣れており、大丈夫だと諭してもダメだったらしい。クルトは里では上に姉が二人いる末っ子で、アルノーは一人っ子らしく、熱を出した小さい子をあまり見たことが無いようだ。確かに自由組織では、戦闘で怪我をした人間はよく見るが、病気にかかっている人を見ることはあまりない。みんな、基本はやたらと身体が丈夫なのである。
「小さいのに一人で苦しそうにしているのを見てると、代わってやりたいなと思うんだけど、何か触っただけでポッキリいきそうで近寄れない」
「そうですね。このリンゴのようなほっぺに、水棲の粘菌生物を貼ったら熱がさがらないかなと思っています」
「一名、心配の仕方が危ないので、俺も目が離せない」
クルトはおっかなびっくりだし、アルノーは実験をしようとするのでジークが近寄らせないため、こんな遠巻きになっているようだ。
「こんな大人数がいたら、かえって病人に障るわ!」
エルは迅速かつ静かに、役に立たない男どもを部屋から蹴り出した。
静かになった室内に満足し、エルは寝台へ近付いた。相変わらず赤く苦し気な顔は変わりないが、それでも悪化はしてないようでほっとする。
机の前にあった椅子を引き寄せ、その上にコップを置くと、可愛そうだがリーナを揺すって起こした。触れた肩は、驚くほど肉の感触が無く、紙のように薄かった。
「リーナ、起きて。水分を取らないと」
呼ぶ声に、リーナが薄っすらと目を開ける。温んだ布を取ると、麦色の癖のある髪が額に張り付いていたので避けてやる。すると、小さな唇が少し開いて、喘鳴の中で何事かを呟いた。
エルはガバッと立ち上がった。そして、部屋を出ると、少し乱暴に戸を閉める。居間にいた面々は、その行動に驚いてエルを見やるが、次いでエルがどぼどぼと涙を流したのを見て、更に面食らった。
「エル、どうした」
年長のジークが声を掛けると、乱暴に袖で涙を拭った。元々化粧なんてしていないし、涙なんて拭えればいいのだ。そんな女子力の欠片も無い行動に、ジークが手巾を差し出す。それをエルはむしり取るように奪って、顔を拭くと、ついでに洟もかんでジークに返した。それをジークは嫌な顔一つせずに受け取った。
「カイルが帰ってきたら、作戦会議よ」
「……急にどうした?」
もう一度ジークが聞くと、ふんすと鼻息を荒く宣言する。
「もう怒った!」
真面目な話なんです。
なのに、どうしておかしな方向に進みそうになるのか……。




