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13.お先に失礼します

 この村は、村ぐるみで何かを隠している。

 そういう結論に至ってから二日が過ぎた。

 あれからすぐに村長宅での過剰接待が再開され、一行の中で一番温厚なジークが、「そのうち手洗いにまで付いてくるのでは」と辟易した様子でため息をつくくらいの有様だった。

 一行全員が『銀級』とあれば、村が総出で構い倒すのも無理はない。一人の『銀級』でも辺境では持て囃すに十分な身分だった。

 そんな、監視なのでは、と疑う程の厚遇の中、一行はそれぞれが村を探索することにした。全員が一所に集まっていては、軟禁とさほど変わらなくなってしまうからだ。

 カイルはリーナの家に日参しているが、未だ会えずにいた。また仲間にもリーナのことをうまく話せずにそのままになっている。

 カイルはその日、村の外から森の入口へ行ってみることにした。死霊の王の呪いが発動しない要因が、この土地にあるのか、またそれはどの範囲なのか確かめたかったからだ。牧場付近は、嵐の夜にリーナと出会って遭難を免れたので、恐らく場所が原因なら安全地帯の内にあると言っていいだろう。

 村長の長女が付いて来ようとするので、勇者の身体能力を発揮して娘を捲く。

 カイルは取りあえず村の外周を回ってみるが、ここでも呪いは発動しなかった。

 そして今日の最大の目的である森の探索に移ることにした。

 村の外周を回る際に拾集めた似たような形の白っぽい石を、入り口から等間隔に置いて中へ入っていった。カイルの足で百歩くらい歩くと、一度目を瞑ってから辺りを見回した。地面をなるべく見ないようにしながら辺りを見やると、恐ろしいことにまったく来た方向が分からなくなっていた。その場で動いた訳でもないので、後ろを振り返れば出口の方向だと分かっているのにも関わらず、そちらを見ても本当に正しいのか不安になってくるのだ。

 そしてその方向に点々と見える白い石が、その方向が合っていることをささやかに証明している。勇者になってから感覚が鋭敏になって、帰巣本能とでも言うべき方向感覚は一度も狂ったことがなかった。しかし、この森ではその培った自信が簡単に崩れ落ちる。

 来た道と思わしき白い石の後を引き返すと、ようやく出口が見えてきた。その時に感じたのは、得体の知れない恐怖だった。これが、アルノーが言っていた「迷う」ということなのか。

 不思議なことに、村人は浅い範囲なら迷うことは無いというのだ。

 エルが言っていたのだが、この地の女神の遺跡が迷宮となる以前からここに住んでいる人間は、もしかするとその遺跡から何かの恩恵を受けているのでは、と。それで、この奇妙な人を惑わす気配から守られているのではないか。

 ともかく森へ入って分かったことは、決して村人の案内無しには踏み入っていい場所ではないと言うことだ。いざとなればカイルやアルノーの大魔法で木々を薙ぎ払うという手もあるが、木を払ったところで正しい帰る方向を見失っていては更に深部に潜り込む可能性もある。それをやってしまっては四方世界中から失笑を買うだろう。

 それは置いておいても、森の中でも呪いが発動することはなく、これならば案内さえあれば、周囲の人間に呪いの余波が降りかかる心配が無いことは分かった。良いことと悪いことが半々であったが、悪い方へ傾かないだけ良しとする。

 収穫を引っ提げてカイルが村長宅へ向けて帰途を辿る頃、村長の次女を腕にぶら下げたアルノーは不思議な光景に出くわす。

 村はずれの水車小屋の近くで、道端に小さい人間が蹲っていた。それを睥睨するように、村娘二人がその小さい人間を忌々し気に睨んでいた。

「ちょっと、こんな所で倒れないでよね。あんたに倒れられると困るのよ」

 おやおや、倒れた人間を心配しているのでしょうか。

 アルノーは、そうは思えない口調の娘たちを見ながら聞き耳を立てる。まだ少し遠い距離なので、村長の次女は気付いていないようだった。

「倒れるなら、あたしが言い付けた用を終わらせてからにして」

「ホント、あんたのせいで、遊びに行けなくなったらどうしてくれるのよ」

 おやおや、死人に鞭打つような態度ですね。

 地面に蹲る人間は小さく呻いているようだ。それを村娘の一人は軽く足蹴にしてその身体を揺すっている。

 村長の次女もその光景に気付いたのか、ハッキリと狼狽えた表情をして、急にアルノーの腕を少女たちが屯する方とは逆に引っ張ろうとした。

「アルノー様、この時期、小川に珍しい花が咲きますのよ。御覧になりませんか?」

 おやおや、村長の次女たる人が、村人の不道徳な行為を見て見ぬふりですか。

 きらびやかなほどの笑みを次女に向け、アルノーは脚を速めた。

「いえ、こちらに参りましょう」

「アルノー様!」

 二人の声が聞こえたのか、娘たちがハッとこちらを振り向いた。視線の先にいるのは、『銀級』の魔術師で、しかも端正な顔立ちで、次女のペトラがやたらと自慢していた男性だ。まるでもう自分の物かのように振舞っているのが鼻に突いたが、こうして実物を見るとペトラの気持ちも分からなくは無かった。

 が、それは今この光景を見られていいということではなかった。むしろ隠さなくていけないものだ。

 娘二人はサッと青褪めて、慌ててリーナを引き起こそうとする。しかし、ほとんど意識の無いリーナはくったりとしており、娘程度の力では咄嗟に隠すことは出来なかった。

「そちらのお嬢さんは、病人のようですが」

 アルノーがにっこり笑って問いかけると、娘たちは引きつった笑いを浮かべた。

「え、ええ。この気温でまいってしまったのかしら。ここで倒れていたので、今から介抱するところでした」

「そうですか」

 納得してくれたのかと娘たちが安堵の息をつくと、アルノーは有無を言わせずひょいとリーナを娘たちから奪った。アルノーにしては丁寧に、お姫様抱っこというやつだ。

「アルノー様!」

 慌て具合も極まった次女がおかしくて、アルノーは更に笑みを深める。

「この村の方の介抱の仕方は、随分と独特なようですので、私が引き取りましょう」

 その言葉にたっぷりの悪意を感じ取ったのか、娘たちは引き攣るように押し黙った。

 奪い取った小さい人間の顔を覗き込むと、俄かに意識を取り戻したのか、その熱で潤んだ明るい青の瞳をアルノーに向けた。

「……も、しわけ、ありません。言い付けは、ちゃんと、まも、ります……」

 浅い息の下でそれだけを何とか紡ぐが、リーナはすぐに意識を失う。

『ほうほう、これはこれは』

 一行の中では腕力に乏しい(自称)後衛職のアルノーであったが、リーナの身体は驚くほど軽く、一瞬でこの娘の村での扱いを悟った。

 なかなかエグイ村ですね。

 よいしょ、と、リーナを小脇に抱え直す。荷物でも持つかのようなその様子に、リーナを足蹴にしていた娘たちもさすがにギョッとする。

 懐から小振りな杖を取り出して、アルノーは村の気配を探った。ちょうど村長宅付近に仲間が集まっているのを見て取ると、娘たちに微笑んだ。

「それでは、私は先に失礼しますね」

 そう言って杖を一振りすると、一瞬でアルノーとリーナの姿はその場から消えた。

 その行われた魔術が、大陸でも数人しか使えない転移の魔術だとは、娘たちのうち知る者はいなかった。

アルノーは、勇者一行で自分を一番の常識人と思っています。

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