12.人の世を守るために
「隊長。緊急の連絡が入りました」
部下の一人、ラルフが軽鎧を鳴らしながら駆け寄って来た。
エアハルトは魔物の討伐軍の一翼を担う隊の隊長であった。
まずは、勇者の最後の足跡の地へ赴こうと支度をしていた時で、隊の引継ぎを副隊長にしていた最中である。さすがに勇者を追うのに、着の身着のままで出発させられるようなことはなかったので、少しゆっくりと準備をしていたところだ。
別に、嫌がらせでゆっくりしているわけではなく、当然遠征の疲れを取ってからの出発だ。それが何日かは言わないが。
ラルフは二十歳を越えたばかりだが、物おじせずにエアハルトにも堂々と意見を言える騎士だった。
エアハルトは、自他共に認める完璧主義者だ。出来ないことは出来るまでやる、が身上の彼の部隊は、訓練後には死屍累々と騎士たちが訓練場に倒れ伏していることで有名だ。討伐遠征の強行軍の方が手を抜けるというほどの訓練量だが、隊長であるエアハルトが率先して訓練しているため、誰も文句を言えずにいる。お陰で彼の部隊は、国家連合騎士団でも群を抜く成績を残している。
その訓練に、このラルフは難なく付いていけるのだが、そのラルフが息を切らせるほどに急ぎの用件のようだった。
「どうした」
「あの、王都に残っていた『槍聖』の一行ですが……」
この時点で、もはや良い知らせである気がしない。
「勇者に続き、失踪しました!」
バキッと、エアハルトの手元から破壊音がする。持っていたペンが砕け散ったのだ。
自分の方へ飛んできた破片を避けながら、副隊長が残骸になったペンをエアハルトの手から抜き取って、新たなペンをそこへ差し入れた。予備は常に用意してある。
「では次は、この引き継ぎ書へ署名をお願いします。終わらないと『槍聖』を殴りにも行けませんから」
冷静な副隊長のフリッツは、一見穏やかな貴公子然としたエアハルトが、その実喧嘩っ早いことを十分承知しており、最速で野に放つために手続きを進める。こんな猛獣を組織内に燻ぶらせていては、騎士団長から上が揃って胃に穴を開けるようになるからだ。
「たった一日だったな、閉じ込めておけたのは」
勇者の仲間たちは、謹慎中だと総裁が言っていた。まあ、持った方だとは思うが、「あの」神殿と魔術師協会の問題児である「大神官」と「賢者」が大人しくしているはずがない。
「で、私に勇者諸共捕らえてこい、と?」
伝令であるラルフは指令書を持っていて、それをエアハルトは受け取った。分かってはいるが、あの「賢者」の顔を思い浮かべると非常に腹立たしかった。率先して逃亡活動を行ったに違いない。それに常識人ぶってはいるが、あの「槍聖」も自分たちに非が無い場合は非常識な手段も厭わない。
「ふふふ。フリッツ、今なら遠慮なく『槍聖』を殴ることができそうだ」
すべての引継ぎを終えて言ったエアハルトの言葉がこれである。
『槍聖』とは歳も近く、互いの討伐戦績もほぼ互角であるが、交流試合での直接対決は一勝二敗でエアハルトが負け越している。もちろん獲物を揃えての試合であるので、互いが得意とする槍と剣でそれぞれ一勝ずつあげ、残り一敗は戦鎚だった。双方ともあらゆる武器に精通しているが、これは単に体格に劣るエアハルトが重量のある戦鎚を『槍聖』ほどに扱いきれなかったためである。その憂さもあって、エアハルトは『槍聖』を殴ることに並々ならぬ意欲が湧いているようだった。
「で、失踪した一行をどのようにして追うのですか?」
フリッツが尋ねると、エアハルトは令嬢たちには絶対に見せない腹黒い笑顔を見せた。
「こちらも『絶刀』の使い手だ。勇者ぐらい追うのは訳が無い。それに、あちらには『賢者』もいるしな。どうせ勇者なぞ、すぐに見つかって連中とひと所に固まっているだろう」
「絶刀」となる告命鳥は、勇者と命の繋がった存在だ。それとエアハルトは血の契約で繋がっている。元々、勇者の死を感知する告命鳥が、勇者の居場所を知らぬはずがない。
勇者の居場所など、中央の聖域の神殿にいる告命鳥に問えばいい。もっとも、それができるのは契約者であるエアハルトだけだが。
四方には、聖域の神殿から宣託を受ける大神殿が存在する。ここから目と鼻の先にあるそこへ行き、「絶刀」の使い手が願えば勇者の行方くらい知るのは造作も無かった。だからこそ、勇者の失踪探索は、エアハルトへ真っ先に命令が下ったのである。
「さて、連中を血祭りにあげてくるか」
「……屠ってどうするんですか。見つけて連れ戻してください」
エアハルトが言うと冗談に聞こえず、フリッツはため息をついて諫めた。
近頃は瘴気が増えたという報告が各地から上がってきている。そんな中で貴重な戦力を失うことなど正気の沙汰ではない。もちろん、エアハルトを含めてである。
「そういえば、連れて行く部下は増やしますか?」
勇者に匹敵する「絶刀」があるとは言っても、さすがに東の最高戦力である勇者一行を追うには、エアハルトがいくら化け物じみた強さを誇っても荷が勝ちすぎる。だが、エアハルトは首を横に振った。
「このままで行く。これ以上人員を増やせば、勇者との対立が洒落にならなくなる」
大人数で行けば、互いが争った時に双方に深刻な損傷を与えかねない。こちらが少人数であれば、勇者側も本来の実力を出すことは無いだろう。そうせねば、互いに落としどころが見つからない争いになって泥沼化しかねない。
そうして、いよいよ自由組織は勇者を排除する正当な理由を得るのだ。
大人数ではそういった火種となる人間が入りやすくなるため、できるだけ少人数で行動をするべきだった。
「まあ、深刻な争いになったら、最悪、私の首一つで解決するさ」
事も無げに本気で言い捨てるエアハルトに、フリッツは盛大に顔を顰めて見せた。
「あなたは自分の首がどれほどの価値か分かっておられない。あなたがいなくなれば、東の騎士団は瓦解しますよ」
騎士団上層部は、東方国家の貴族で構成されている。魔物狩りもするが、どちらかというと国家間の力関係の縮図となった権力争いの温床となっていた。団長は実力でその地位に上がった道理の分かる人間だが、カリスマ性においてエアハルトの右に出るものはいない。エアハルト本人に権力欲が無いからこそ彼に心酔する人間が溢れていても貴族たちに粛清を受けることも無いのだし、そんなエアハルトがいることによって団長も数を頼みにその上の人間と拮抗することができるのだ。
今、騎士団はエアハルトという土台の上に築かれた危うい均衡を保つ組織なのだ。
騎士団も自由組織も、内部が腐っているとはいえ、民にとっては瘴気から命を守ってくれる砦であることに変わりない。その信頼が揺るがないのも、エアハルトや勇者たちが組織の権力闘争を、本来の目的である瘴気の平定に持ち込ませないからだった。
「お家に帰るまでが任務ですからね。どうか、ご無事にお戻りください」
フリッツは真摯な眼差しで言った。
「あなたも、勇者たちも」
※※※※※※
エアハルトが大神殿へ辿り着くと、すぐに神官たちが出迎えた。主に女神官が。
表向きには清貧、貞淑を旨とする神官たちだが、中には貴族社会で羽目を外し過ぎて神殿でほとぼりを冷まそうという連中もいる。残念ながら、そういった人間は男女問わず一定数いるもので、エアハルトの腕にぶら下がっているような女神官は漏れなくそういった輩である。
遠征で滅多に神殿に顔を出さないエアハルトは、禁欲的な生活を強いられる神官たちからすれば、会えば縋りついてでも引き留めたい人間だった。
「宣託の間へ」
煩わしさを微塵も出さずに微笑みながら用件を告げると、慌てて司教がやってくる。この階級が対応するのは、事が告命鳥に関することだからだ。この件については、エアハルトには大司教級の権限がある。
司教が出てきてからは速やかに目的が達せられた。恐らく、それとなく王宮からも知らせが来ているものと思われた。
神殿の最奥にあるその部屋は、血の契約を結んだ時以来の訪いであった。
「宣託の間」と呼ばれるその部屋は、女神が勇者を定め、勇者が最期を迎えるのを人々に告命鳥が知らせることからそう呼ばれている。
素材も分からない白い石で覆われた壁面と、そこから清水のように流れ出た水を受け止める半円の水場が泉のようになっており、その横に白い老木のようなもので作られた止まり木がある。その泉に祈ると告命鳥が中央神殿よりここに現れるのだ。
四方の告命鳥にはそれぞれ象徴する色があり、その色から、東は青鳥、南は赤鳥、西は白鳥、北は黒鳥と呼ばれている。瞳の色だけは共通していて黄金色である。東の告命鳥は目の覚めるような青だった。
エアハルトが泉に祈りを捧げると、横の止まり木が俄かに光り出し、瞬きをする間に長い尾を垂らした優美な鳥が止まるのが見えた。大きさは鷹ほどのもので、美しい瑠璃色のような青に胸が不思議と七色に輝くようだった。
青鳥が、エアハルトの求めに応じて、遥か遠く、中央の聖域の神殿からこの地に顕現したのだ。
エアハルトが近付くと、それに気付いた青鳥がクルクルと喉を鳴らす。手を近付けると、その嘴をエアハルトの指に擦り寄せた。
告命鳥は、勇者と絶刀の使い手以外には触れることのできない鳥だ。それは尊く畏れ多いと言う意味もあろうが、物理的に触れることが出来ないのだ。だからこうして触れることができることが、何より雄弁にエアハルトの身分を語っていた。
腕を差し出すと、青鳥がそこへ止まった。そして、何かに促されるかのように、エアハルトは泉を覗き込んだ。誰に教えられた訳でもないが、告命鳥の使い方や心の通わせ方は自然と身に付いていた。これが血の契約の効果なのだろう。
やがて、泉の水鏡のような水面に、勇者の居場所がいくつかの風景として表された。同時に、脳裏にその土地の名が天啓のように閃く。
エアハルトは、その地がいかなる場所か覚えている。いや、忘れられないと言うべきか。
不意に沸き起こった衝動に、笑いが込み上げる。それは決して楽しいがための笑いではなく、運命の皮肉さに思わず唾を吐きたくなるのを抑えるためのものだった。
青鳥を止まり木に戻し、天鵞絨のような感触の頭を撫でると、青鳥はその頭をエアハルトの肩に擦りつけた。まるで、エアハルトの怒りを宥めるかのように。
「ありがとう」
勇者の居場所を教えてくれたことと、心を汲んでくれたことに関して礼を述べる。
告命鳥は、神話の生き物であるが、エアハルトには血の通った普通の生き物のように感じられた。そして、哀しい生き物だと思う。勇者の為に生まれ、その命と共に散り、勇者が道を外れればその命を狩る「絶刀」となる、それだけの生だ。
勇者の誕生と末期以外に声を発しない告命鳥であるが、喉を鳴らしてそのエアハルトの想いを受け取ってくれたようだった。
そのやりとりを最後に、青鳥はその姿を溶けさせて、本来の場所である聖域に帰ったようだった。
用事の無くなった宣託の間を出ると、来た時のような社交的な態度を一変させ、誰も寄せ付けない空気を纏っていた。遠巻きに怯えた神官たちの顔が見える。
つくづく因果な男だ、と勇者を想う。
かの勇者の赴いた地は、最後に迷宮が発生した地。女神の泉の遺跡がある場所。
そして、かの勇者の前の勇者が消息を絶ち、命を落としたと思われる場所であった。全ては謎に包まれていて、前勇者がどのように命を落としたかも分からなかった。
両組織内でも一部の者しか知らない事実だ。恐らく勇者自身も知らないことだろう。
その泉は、あらゆる状態異常を治すと言われている。魔物に受けた怪我や呪いも、全て。
勇者は意図してそこに向かったと思われる。そこまでの奇跡を必要とする勇者に、何があったかは想像に難くない。
そして、それを理由に勇者を挿げ替えようと言う組織の構図が見える。
妙に納得する結果に、エアハルトは凶悪な笑みを隠せなかった。
人間の世を守るためには、まずその人間と戦わねばならないようだ。




