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11.勇者と対になる者

 エアハルトは出発にあたって、二人だけ部下を連れて行くことにした。

 自由組織の首脳部が、やたらと大仰にすることを嫌がったのが大きな要因だが、下手に大人数で動いても、あちらは身軽な一人旅だ。こちらの動きを察知されれば、勇者に簡単に逃げられてしまうだろう。

 自由組織としては、秘密裏に動きたいと思っていたようだったが、恩を売りたい騎士団は、少人数でも存在感のある(ある意味悪目立ちする)エアハルトを置くことで、うやむやに出来ないようにわざと軽い波風を立てようとしているのだ。

 しかしながら、勇者一行を使えないとなった今、エアハルトに頼らざるを得ない状況であることも確かだった。

 勇者が意図的に使命を放棄したり、資質が疑われるような行動を取ったりした際、勇者とは只人では及ばない力を持つ存在であり、諌めようにも並の人間では荷が勝ちすぎるのである。

 過去に慢心した勇者により国が蹂躙されたことが幾度もあった。そうした勇者を討ち取ることは非常に困難である。もちろん他の三方から別の勇者の力を借りることもできるだろうが、女神は只人にもそれに抗する力を与えた。

 それが「絶刀」である。

 女神が勇者の資質無しとみなすか使い手が望んだ時、告命鳥が一振りの刀剣となり、只人にも勇者を屠る力を得ることができるという。

 使い手は勇者と違い、女神に選ばれるのではなく、ひとの合議によって選ばれる。それは、女神は資質で勇者を選ぶと言われているが、「絶刀」の使い手まで女神が選べば、勇者と似たような結果になる可能性が高く、その選択が人の世にとって必ずしも最善とは言えないものであり、故に女神は勇者に対となる者は人に選ばせると、神代からの言い伝えにはある。

 もちろん、何人でも揮える力では勇者の暴走よりも危険であるため、厳しい制限がなされる。同時に複数人が持つことは能わず、一人が血の契約で告命鳥に願い出て、「絶刀」を使用する資格を得るのである。故に、自ずとその使用者は、屈指の強者が選ばれる。

 それが、当代ではエアハルトであった。

 エアハルトの実力的には、勇者の一行である「槍聖」と拮抗するだろうが、古くからの倣いで、自由組織から勇者が出れば、「絶刀」の使い手は騎士団から出すことになっていた。これも一所に力と権威が偏らないよう、権力者たちの思惑が絡んだ結果である。

 エアハルトが「絶刀」の使い手となったのは、今から五年前である。今代の東の勇者が誕生したのは七年前であるが、その際最初の使い手となった騎士は、魔物討伐で命を落とし、次代としてエアハルトが選ばれたのだ。

 内心、エアハルトは「絶刀」の使い手に選ばれたことを煩わしく思っていた。

 各国でも、先代の勇者が没した時、次代の勇者はエアハルトではないかと言われていた。当時から抜きんでた実力を備えていた彼であったので周りの期待はあながち根拠の無いものでもなかった。だが、エアハルトの中では、先代勇者を敬愛しており、勇者とは先代のごとくある人間がなるべきだと思っていたから、青二才である自分が勇者に選ばれなかったことは当然のことと思えた。

 が、実際勇者となったのは、自分よりも若い、不完全な人間だった。

 何度も勇者とは相まみえたことがあるが、罵りたくなるくらい処世というものを知らない男だった。どんなに良く言っても、愚直としか言えない若造であり、そんな男が堕ちた末に断罪するのが自分かと思うと、使い手の名誉など有難迷惑だった。

 そんな役目が、とうとう自分に回って来たのだ。

 しかしエアハルトには、まだ勇者を断罪するまでではないと確信するものがある。

 まだ勇者の行動が「失踪」だけであり、即断罪に繋がるようなものではない。現に告命鳥は「絶刀」には変化していない。何故か上層部は、勇者を断罪する方向で動いているようだが、まずは、そうなる兆候があるかを見極め、諌めるのがエアハルトに課された使命だろうに。

 勇者となった頃の今代の勇者を思い出す。

 孤児上がりで、自由組織で剣士として駆け出したばかりの少年だった。勇者特有の美しい面差しには自分の力で生きていくことへの自信と希望に溢れ、戸惑いはあったものの堂々と大人たちに対していた。

 だが、現実は、精彩に富んだ少年の顔から表情を奪うまでにあまり時間を要さなかった。

 自由組織では同じ救護院出身の友と組んでいたが、彼が勇者になったことでその友を失った。また、勇者が救護院出身というのは外聞が悪いと、育った場所へ近付くことも禁じられてしまい、その救護院は解体されてしまった。救護院の運営者も入所していた子供たちも散り散りにされてしまったと聞く。あらゆる拠り所を取り上げられ、自らの意に反する仲間を押し付けられ、魔物や瘴気を払うものとは違った戦いを強いられた。

 エアハルトは、その時に何度も勇者と対面した。共闘したこともあり、知らぬ仲ではなかった。もっとも、勇者は自由組織の「仲間」ですら容易に近づけなかったのだが。

 その後、あの「槍聖」と出会って、勇者は徐々に人間味を取り戻した。あの「槍聖」とやらは、鷹揚で懐が深く、傷を負った人間を難なく包み込める力があった。そのおかげかは知らないが、最近では件の勇者は、上層部からのしがらみを全て払い、自分で集めた仲間で出発し、次々と難所を攻略して名を上げ始めたところだった。

 結局今は、その仲間とも離れたようだが。

 ようやく勇者の使命に専念できるようになったものを、高々人間の組織をまとめるだけで至高の存在になったかのように振舞う上層部の人間に潰されるのは面白くなかった。

 噂には聞こえていた。狭間の谷から生還した勇者に、何等かの不具が起こったと。上層部に訴えがあったが、それを密かに黙殺されたということ。

 今代の勇者をエアハルトは憐れに思う。

 女神に選ばれて、望まぬ生を生き、人の為に命を懸けて戦い、人から疎まれる。そして最期は、魔物に殺されるか人間が揮う絶刀で殺されるか、の二択を望まれる。

 騎士や戦士も苛酷な職だが、まだ「ならない」ことも「辞める」こともできる。

 だが、勇者だけは、「勇者にならない」という選択が出来ない。選ばれてしまったら後は勇者として生き抜くしか途は無いのだ。

 勇者は一定年齢に達すると、身体的な衰えから勇者という使命を女神から外される。これが唯一、生きて勇者を辞める方法だが、天寿を全うする勇者は非常に稀だ。それだけ苛酷な生であると言えよう。それなのに、只人達はそれすらも勇者から取り上げようとしている。

 勇者に勇者の仕事をさせない組織。笑える話だ。

 絶刀の使い手の使命は、道を外れた勇者の「矯正」だ。

 諫めるも死を与えるのも「矯正」だ。どういう方向に矯正するかは、好きにさせてもらう。他人の思惑など、知ったことか。

 さて、まずは懇意にしている令嬢たちとの大切な休暇を台無しにしてくれた勇者をどうしてくれようか、と思索を始める。

 ありとあらゆる「矯正」を試してみようと、ほくそ笑みながらエアハルトは誓い、その様子を見ていた部下たちは、一様に震えあがったのだ。

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