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10.エアハルト・キルヒナー

本日10話目の投稿です。

 東の盟主国、トライデンの王都に在所を構える国家連合騎士団の本部に、その報が入ったのは夕刻に向かって日が傾き始める時間であった。

 王宮に隣接する騎士団の本部から慌ただしく幹部が王宮入りし、短いが深刻な会議を経て、ある人物を呼び出すに至った。

 長い回廊の石畳を長靴がコツコツと叩く。規則正しいその音は、常の彼の姿を知る者からすれば、幾分乱暴な音だと分かったであろう。

 すれ違う人間は、誰もが彼に気付くと、憧憬や秋波を寄越す。そうせずにはいられない程、彼の居住まいは美しく、またその剣技は四方世界に轟き、名声も地位も抜きんでた存在であった。

 蜜のような金の髪に憂いを帯びたような碧眼、凛々しく整った眉目に、神の加護を受けた名工が彫り上げたかのような均整の取れた長身。

 間違いなく、東部の国家連合騎士団で最も有名な騎士だった。いや、ともすると四方合わせた騎士団でも一二を争うかもしれない。

 そのまま回廊を過ぎると、大きく重厚な扉の前に辿り着く。その扉の前にいた衛兵が慌てて中に取次ぎをし、そのまま中へ通された。身分確認など彼には必要無かった。

 少しざわついた部屋の空気が、一瞬止まる。それを三面の長大なテーブルの上座に座る人物が、沈黙を破るように声を上げた。

「よく来てくれたキルヒナー」

 その声に、また部屋のざわめきが戻る。黒の制服に略式の白い甲冑を纏う彼に、その部屋の誰もが目を奪われる。そしてその男は、その視線をも更に離さない程優雅に一礼した。

「遅参のほど、お許し願います」

 慇懃な振る舞いだが、その中に僅かな棘を感じ取れた者がどれだけその場にいたか。

 唯一、彼の上司である騎士団長だけが、重いため息をついた。

 エアハルト・キルヒナーは、疲れていたのだ。遠征から今さっき戻ったばかりで、休暇を貰えるはずだったのに、副団長に王宮へ向かえと説明も無しに放り出された。一応身支度を整えるだけは許されたが、食事をする間もなく駆り出されたのだから、遅参などとは露ほどにも思っていない。

「おお、構わぬ。遠征から戻ったばかりと言うが、ご苦労であった」

 声を掛けたのは、この国の国王だ。そしてこの場は、瘴気や魔物、迷宮について国家連合騎士団を動かすための重大な会議を行うものであり、エアハルト程度の「有名」さではテーブルに就くことも叶わないものだ。二十七歳になろうというのに、未だ若造扱いであり、もちろん立ったまま拝聴だ。

「ありがたきお言葉」

 心の中の罵倒など微塵も表に出さぬ礼に、国王も気を良くする。

「外聞の悪い話でな。少々骨の折れる捕り物をやってもらいたい」

 捕まえるとは、どこぞの貴族が興味本位で飼った魔獣でも逃げ出したか、東部三国のいずれかの王族が駆け落ちでもしたか。

 国を跨いで存在する騎士団には、本来の瘴気や魔物に対応する軍事行動とはおよそかけ離れた仕事も存在する。二国間または三国間の仲裁のようなものもあるし、自国の兵を動かすことが出来ない事案を請け負うこともある。

 酷いものでは、エアハルト個人を目的とした依頼もあり、よほどのことが無い限り団長辺りが断りを入れるのだが、しかし何故か「よほど」のことは意外と頻繁に起こるのだった。

 今回はさすがに、東部三国の盟主国の王や、騎士団と自由組織の総裁まで居合わせているので、そんなくだらない用件では無いと思われるが。

「そなたにしか出来ないことだ」

 重々しく言葉を垂れる王に、面倒な予感しかしない。

 次の言葉を待つエアハルトに、今度は自由組織の総裁が口を開く。

「卿は、希少な魔法剣士であるな。もうヤツに対抗できるのは、恥ずかしながら我が組織にはおらず、東部では卿しかおらぬのだ」

 エアハルトは、単身では勇者を除きこの大陸全土でも最高戦力の内の一人であろう。彼以外に手に負えぬ存在と言えば、東では一人しか思い浮かばなかった。

「失踪した勇者を捕らえよ」

 外れなかった自分の推察にため息が出そうだった。おおよそ、この場の面々を見れば、容易に予想はつくのだが。それにしても「捕らえよ」とは穏やかならざる発言だ。

 失踪は、姿を消したということ。それだけで、まるで罪人のような扱いだった。かの勇者は、そんな大それたことを犯すような人間にも思えないのだが。良く言って従順、悪く言って無気力で、あまり我を通すような人間ではない。

「発言をお許しいただきたく」

 神妙な表情の後ろ側の感情を慇懃な言葉で隠し、エアハルトが申し出るとすぐに許しが出る。

「勇者の犯した『罪』は?」

 捕らえるに値する理由が欲しいと、多少聞き分けの無いように尋ねるエアハルトに、自由組織の総裁は一時不快な表情を浮かべたが、ここで対立する訳にもいかず、王の後を継いで、非常に悩まし気に言った。

「在所も明かさずいることが、既に『勇者』たる責務を放棄したとみなした。内部の調査によれば、勇者が何事かを隠蔽しようとした疑いが浮上した。ゆえに、一刻も早く勇者の身柄を拘束すべしとの判断だ」

 何も罪が確定していないのか、と、今更ながらにエアハルトは呆れた。確かに魔物との戦いを放棄した者は勇者とは呼べないが、失踪がそのまま「勇者の役目の放棄」とするのは、いささか乱暴に過ぎる。

 騎士団も自由組織も、今の勇者を歓迎していないのは知っている。勇者とはその多くが両組織の頭になることは少なくない。それだけの力を有しているし、国家間の誓約でも、王族でも理なく勇者を従わせられないと明言されている。それだけに、ある程度の身分がない者に自分たちの上に立たれることに不快感を示すのだ。

 この命は、その現在の勇者排斥の機運が現れていると言える。

 宣下された命に、エアハルトは笑みを浮かべた。その場にいる者を魅了し尽すような凄絶な笑みだったが、ただ一人、騎士団長だけが心の底から震えあがった。

 それは、「金獅子」と呼ばれるほど勇猛なエアハルトが、本物の獅子さながらの獰猛さを発揮する兆候である笑みであったからだ。

「何か、他に言いたいことでもあるのか?」

 自由組織の総裁は、そのエアハルトの笑みに、今度は不快さを隠さずに問うと、僅かに首を傾げて笑みを控える。

「かの勇者の一行たる『槍聖』たちはいかがされたのか、と」

 普通ならば勇者とあの仲間は一括りにして考えるべきだ。そして、勇者を追う初手は、かの仲間以上の適任はいないはず。それを、仲間を頼まず、勇者を捕まえるとはいかなる状況なのか。仲間は幽閉されたか、はたまた勇者を追って自分たちも「失踪」したか。

「かの者たちと我々の意見が分かれてな。勇者の逃亡を幇助する可能性も高いので、現在『槍聖』たちは謹慎中だ」

 どうやら「幽閉」されているらしい。なかなか愉快な状況のようだ。

 勇者一行は、誰もが実力を認める人間の集まりで、仲間内の関係も良いはずだ。それに、性格以外の人品はどの人間もしっかりとしていて、後ろ暗いことに加担するような者たちではなかったはず。まあ、「賢者」は、胸を張って大丈夫だとは言い難いが。

 それが上層部と対立するというのだから、仲間は勇者の失踪を罪とは考えていないということ。それであれば、勇者と組織とどちらに後ろ暗い所があるのか明白だ。だがそれを持ちだすことはエアハルトにはできなかった。

 どれほど不可解なことでも、権力を持つ者が発した言葉は、それは力を持った真実となる。組織内で消せなかった失敗の尻拭いが、こうしてエアハルトのところに持ち込まれるのだから堪ったものではなかった。

 もちろんその心中を、自由組織の総裁のように面に出す愚をエアハルトは犯さなかったが。総裁は隣のレンバート国の王族で、やたらと騎士団との絡みを避けていたが、この男がその実、騎士団の総裁の座を狙っているのは周知の事実だ。自由組織は組織的には騎士団よりも巨大であるが、あくまで在野の最高組織であり、格式から言えば騎士団の方が上だ。王族としての矜持が格式を求めてやまないらしい。

 くだらない矜持への嘲笑を、華やかでいて人々の陶酔を誘うような笑みに全て隠す。

「微力ながら、全力を尽くさせていただきます」

 騎士の模範のように見た目は誠実で極上だが、その内面が見た目通りでないことは、エアハルトの周囲(極々一部だが)はよくよく知っていた。

『あまり人死にが出なけりゃいいが』

 騎士団長は、どこか遠い目をして、こっそりと心の中でそう祈った。

本日の投稿は以上になります。

次話は、また不定期になりますが、出来次第投稿します。

閲覧ありがとうございました。


真面目だろ~。

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