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深淵  作者: ひろね
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カトリーン2

 悔しい! あの不思議な力がなんなのか分からないけれど、この力で帝国軍を殺せるほどの力があればいいのに!


 殺せない以上、このままあそこに留まっては返り討ちにされる可能性が高い。

 父親が言っていた村長の家は、わたくしには分からないので、炎や人が居る所を避けながら、当てもなく走る。

 このまま村を抜け、森の中にでも隠れてやり過ごせないかと思うけれど、帝国軍はきっと森の中まで残った村人を探し出すだろう。


 帝国の目的は、公国を降伏させることではなく、公国を滅ぼす事を目的にしているようにしか見えなかった。

 本来ならジェルヴェ様死亡による抗議があり、公国側もそれに対し自分たちには非がない事を主張するだろう。そもそも、帝国周辺の他の小国に比べ、帝国の皇太子殿下の婚約者に選ばれた国が、帝国の重要人物を害す意味などないのに。

 それなのに、こちらの話を全く聞かず、帝国は公国に対し進軍を始めた。それも、公国を滅ぼすかのようなやり方で。


 帝国のやり方に、わたくしの心が憎しみに染まっていくことが分かる。それは帝国兵を傷つけてもなんとも合わないどころか、逆に殺せるほどの力がないことを悔やむくらいに。

 いえ、ここで諦めてはいけない。力が弱いのなら、もっと強い力を持てばいい。

 おそらく、この力は帝国が憎いという気持ちから来ている。それがどうして不思議な力になるのかは分からないけれど、それでも、何度も他の人間に成り代わっては帝国兵に殺される経験をしているので、このような不思議な力があっても自然と受け入れられた。

 そう考えると、わたくしは逃げるのではなく、帝国兵のいる方向へ戻ることにした。




 あまりたくさんの人間を相手にするのは無謀だと判断し、一人か二人で行動している帝国兵を探す。

 見つけると、今までのことを思い出して帝国が憎い気持ちを強める。今までのことを思い出せば、自然に帝国が憎くなった。

 憎い憎い憎い……その気持ちが強まると同時に、手のひらにパチパチと光が爆ぜる。わたくしはそれを帝国兵に向けて放った。

 手のひらから光が帝国兵に向かって行くが、力が少なかったのか、当たってもほんの少し火傷した程度だった。


「どうした?」

「いや。腕に痛みがあったが、火傷したようだ。火の粉でも飛んできたのか?」

「ついてねぇな」

「まったくだ」


 帝国兵達はわたくしの存在に気づかず、ただ火の粉で火傷しただけだと認識したようだった。

 可笑しい。先ほど――この子の父親が帝国兵にやられていたときには、もっと大きな力だったのに。

 憎しみが足りない? いくら心で帝国が憎いと思っても、誰かが傷つけられているのを見るときよりも憎悪が足りないのかもしれない。

 だとしたら、力を使うためには、誰かを犠牲にしなければならないわけで――そんなのは本末転倒だった。

 では、どうすればいい? 帝国に復讐するために、自国の民を犠牲にするなんてあり得ない。

 けれど、わたくしが利用しなくても、このままでは公国の民は皆殺しに遭う。

 だとしたら、それを利用してはいけないの? どうせこのままなら……そこまで考えて、身震いした。いつの間にか、わたくしは損得でこんな物騒な事を考えるようになっていたの_

 でも、この持論があっていれば、公国の民が傷つけられたときに力を発揮出来るのだろうと。




 村の中を彷徨って、逃げ切れなかった村人に出会う。


「カトリーン! カトリーンじゃないか!」

「えっと、おばさんは?」


 誰か分からず言葉を濁すが、目の前のおばさんは未だにこんな所にいることに驚いていたようだった。


「お父さんやお母さんはどうしたんだい?」

「お母さんは仕事先から村長さんちへと、お父さんは、わたしの……」


 言葉に詰まると、おばさんは察したのかわたくしを抱きしめてくれた。


「可哀想に。だが、このままじゃ、あたしらも同じ目に遭う。早いところ逃げるんだ」

「う、うん」

「とはいえ、村長のとこはもういっぱいらしくて……何処へ行けばいいもんかねぇ」

「他に……」


 わたくしはこの村のことは全然知らない。村長の家もこのおばさんに聞けばいいと思ったのに、村長のところはもういっぱいだと言う。

 やはり山の中に逃げるしかないのか。

 この国は三方を山に囲まれ、一方が帝国へと行くための道がある。また、盆地であり、小さいけれど水が綺麗な湖があるため、この国は小さくとも豊かだった。

 山の中に逃げれば、ある程度は逃げられるだろうが、帝国がそれを許すだろうか?


 おばさんに手を引かれながら、火から逃れるように走っていると、帝国兵に出くわしてしまう。おばさんはわたくしを隠すように庇ってくれたけれど、このままでは二人とも殺されてしまう。

 わたくしは周囲を見回し、逃げられる方向を探す。すでに火の手が上がっているここで、逃げるところは今来た所くらいだった。

 それでも、何もしないよりはましだ。


「おばさん、こっち!」


 おばさんの手を引いて元来た道を進む。

 けれど、女の足では男の足にすぐに追いつかれる。おばさんは、わたくしを庇って背中を斬りつけられて、わたくしに覆い被さるように倒れ込んだ。


「おばさんっ!」

「うう……すまないね。これじゃあ、あたしのほうが、足手まとい、だ……」


 切れ切れになりながらも、わたくしを守れない事に対する謝罪を口にする。

 わたくしは、先ほどこの村の誰かを犠牲に力を発動させようとしたのよ? そんな非情なわたくしを、どうして笑顔で庇えるの?

 おばさんは、わたくしが逃げられるようにと、斬られて痛いだろうに体を起こして、わたくしに「うまく逃げるんだよ」と言う。


 やめてやめてやめて――こんな利己的な人間を庇わないで。無理して笑わないで。わたくしに優しくしないで。

 あなたを利用しようとした、わたくしに……。

 わたくしは……


「ああああ……あ、いやああああああっ!!」


 帝国軍への憎しみと、自己に対する傲慢な思いと、おばさんへの自己嫌悪で、わたくしは大声で叫んだ。

 体中が熱くなって、わたくしを中心に風が逆巻く。その風に帝国兵は押されて後ずさった。


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!


 わたくしの心を支配するのは憎しみのみ。

 それを表に出すと、前の稲妻と変わり風が逆巻きついに暴風になる。帝国兵はその風に押されて焼けた家などに吹き飛ばされた。

 服に火がついて、燃えていく帝国兵の悲鳴が聞こえる。

 しばらく呆然としたまま帝国兵の断末魔を聞いていた後、あたりは静かになった。

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