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深淵  作者: ひろね
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ヒルデ3

 家の中に居ながらも地鳴りのような音が聞こえて、わたくしは家を飛び出した。

 同時にアヒムが仕事から足早に戻ってきていて、わたくしを見つけると「ヒルデ!」と叫んだ。


「アヒム、どうしたの?」

「帝国軍が攻めて来たんだ! 早く逃げるんだ!」


 アヒムは肩にかけていたバッグを外し、家の中に入ると必要な物を棚から出してバッグに詰めていく。


「ヒルデも必要なものは?」

「あ……服」

「服とか嵩張るものは持って行けない。貴重品とかぐらいだ」

「貴重品はないわ。あなたからもらった指輪だけ」

「じゃあ、急ごう。とにかく村から離れるんだ」


 アヒムはそう言って、わたくしの手を取って家から出て走り始めた。

 家から出た時点で気づいたのだけれど、すでに火が上がっている家があったり、何より大勢の悲鳴が聞こえていて、耳を塞ぎたくなる。

 けれど、手を引っ張って走るアヒムがそれを許してくれない。普通なら、わたくしの歩幅を気にして歩く彼だけれど、今日はそんなゆとりもないくらいに早い。

 ついていけなくて、わたくしは足が縺れて転んでしまった。


「ヒルデ!」

「あ、アヒム!」


 手放してしまったアヒムの手を、もう一度取ろうとした矢先、アヒムが小さく呻いて伸ばした手を肩に当てた。

 一人で立ち上がってアヒムに近づくと、彼の肩には背中から矢が刺さっていた。


「アヒム!?」

「くっ……、ヒルデ、逃げ、ろ……」


 苦しそうに言うアヒムの後ろを見ると、四人の帝国兵がこちらに向かって来ていた。うち一人が構えていた弓を下ろす。


「やっぱ、弓兵に選ばれるだけのことはあるな」

「ああ、あの位置から獲物に当たっているぜ」

「ま、急所じゃなかったけどな」

「嘘つけ。わざと外したんだろう?」


 世間話でもするかのように、余裕の足取りでわたくし達のほうに近づいてきた。その表情は獰猛で下卑た顔をしていた。


「ヒルデ、僕は足手まといになる。君だけでも逃げるんだ!」

「嫌よ、アヒム!」


 幸せだと思っていたのに。『エーファ』でなくとも、『ヒルデ』として幸せを掴めると思っていたのに。

 アヒムをここに置いて逃げるということは、アヒムを見殺しにすることになってしまう。アヒムがいなければ、わたくしは一人になってしまって幸せなどとなくなってしまう。

 いえ、それよりも何よりも、アヒムを失うことがとてつもなく怖かった。

 無我夢中でアヒムに飛びついて、今まさにアヒムを斬ろうとしていた剣を躱した。

 けれど、ほっとする間に。


「邪魔だ! お前は後で遊んでやるからよ!」

「……ゃっぁあ、やめてぇっ!」


 力いっぱいアヒムに抱き着いていたのに、簡単に引き剥がされて地面に転がった。 すぐさま起き上がって帝国兵の邪魔をしようとしたけれど、もう一人の帝国兵に抑えられ、アヒムは右胸を剣で突き刺され、叫び声をあげる。

 明らかに急所を外した一突きにだった。あの至近距離なら、確実にアヒムを殺せたはず。

 彼らは、この行為を愉しんでいるのだ。猫が鼠を甚振るように。彼らにとって、これは『人間狩り』という遊戯(ゲーム)でしかないと悟る。

 アヒムは急所を外して何度も剣で斬りつけられ、そのたびに痛みによる叫び声が上がる。

 助けたいのに、わたくしは押さえられていて、その光景を見ていることしかできなかった。




 いつの間にか、アヒムの悲鳴が聞こえなくなった。おそらく絶命したに違いない。彼の周りには血だまりが出来ていた。


「……あ、ああ……、いや、いやああああぁっ!!」


 自分自身が殺された時よりも、さらに深い絶望が襲う。

 アヒムの体にすがろうとするけれど、帝国兵に押さえつけられて少しも動けない。それどころか、体を仰向けに地面に押し倒される。


「へへ……今度はお前さんのほうだ」

「公国は平和ボケしたやつらばかりだから、こういったことがないと愉しめないんだよなぁっ!」


 下卑た笑いを浮かべながら、わたくしの胸元の服を掴み左右に一気に破った。

 外気に晒されたせいなのか、これから起こることへの恐怖なのか、体が震え歯がガチガチと音を鳴らす。

 けれど、帝国兵はそんなことは気にせず、布を口を入れ自殺させないようにしてしまった。

 そのあと、服をさらに引き裂き素肌を周囲に晒す。他の帝国兵によって足は広げられ、閉じることも叶わなかった。




 帝国兵四人はわたくしを何度も凌辱したあと、ようやく飽きたのか他に生きた人間がいないか探しに行った。

 わたくしは口に入れられた布を取り去った後、横たわったアヒムの所に這っていって、やっとの思いで彼に触れる。彼の体はすでに熱を感じさせなくなっていた。


「ア、ヒム……アヒムっアヒムっアヒム――!」


 冷たくなりかけている彼に縋り付き、涙を流して何度も彼の名を呼んだ。

 もちろん、彼からの返事はない。


 たった数日だったけれど、アヒムと過ごした日々は何物にも代えられないものだった。

 もちろん、ジェルヴェ様のことを忘れたわけではないけれど、『ヒルデ』としてアヒムと一緒に生きていくのだと――そう思えたのに。

 それなのに、アヒムは帝国兵に嬲り殺しにされ、わたくしは彼らに陵辱されてしまった。

 生き残ったけれど……もう、生きていく気持ちは持てなかった。


 アヒムが急いで持ち出した荷物を漁って、ナイフを見つける。

 いつもなら料理をするのに使っていたそれを、わたくしは自分の首筋に当てた。


「アヒム……生き残ったのに、後を追うわたくしを許してね。わたくし、もう一人では生きていけないわ……」


 涙で視界がぼやける中、わたくしは左首筋に当てたナイフで思い切り引いた。


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