アルマ1
結局、わたくしの命で怒りを収めていただくことはできなかった。
「だが、お前が自分に責任があるというのなら、この余が直々に手を下してやろうぞ」
公都は蹂躙される前に、お父様とわたくしが皇帝のもとへ出向き、頭を垂れて謝罪したけれど、皇帝の言葉は非情なものだった。
言葉通り、従者に持たせていた大剣に手を伸ばし、鞘から抜き放つ。
「お願いです! わたくしはどうなっても構いません。ですが、これ以上、公国の民には――」
全てを言い終える前に、皇帝の剣がわたくしの胸を貫いた。
と、同時に遠慮なく抜いたため、わたくしの体は剣に引きずられるように前のめりになり、大量の血が流れ出た。
口端からも血が溢れ咳き込みながら倒れた。
お父様が必死にわたくしの名前を呼んでくださったけど、それに返事はできなくて――
***
気づくとわたくしは寝たきりの老婆になっていた。
娘の世話になっていたところに、帝国兵が攻めて来た。
娘が自分の体で呈してもわたくしを守ってくれたのに、帝国兵は動けない老婆であるわたくしを見逃すこともなかった。
わたくしは二度目の命を失った。
次に気づいたときは、ある一家の娘になっていた。
年は『わたくし』より少し若い少女のようで、手などもわたくしの思うように動かすことができた。
どういう事? わたくしは、老婆になって、その時に命を落としたのではないの?
疑問だらけのわたくしに、同じ年頃の少年が不思議そうな表情で声をかける。
「朝からなに呆けてるんだよ、アルマ」
「アルマ?」
それはこの少女の名前なのかしら?
だとしたら、『わたくし』はいったい……
「寝坊助にもほどがあるだろ。早くしないと母ちゃんがうるさいぞ、アルマ」
「ちょ、ちょっと待って!」
とりあえず、状況を把握するために、わたくしのことを『アルマ』と呼ぶ少年に合わせて、頭からばさりと着る簡素な寝間着から、普段着に着替える。
まだ異性に対して恥ずかしさを感じない年頃のせいか、少年もわたくしが目の前で着替えているのをのんきに見ているどころか、「早くしろよー」と催促してくる。
「お、お待たせ」
「おう。朝メシ食ったら、畑の手伝いが待ってるからな」
「そ、そうね」
なるべく砕けた言葉遣いに気を付けながら、部屋を出て廊下を少し歩いたらダイニング兼リビングにたどり着く。
ダイニングテーブルには木皿から湯気の立ったスープが置かれていた。
「あんた達、遅いよ。早くしないとスープが冷めちまう」
「ごめんごめん、アルマのやつが寝坊してさ」
「ご、ごめんなさい」
勝手がわからないから、すでに座っている男性――おそらくアルマの父なのだろう――と、少年が席に着いてから、アルマが座る席に辺りを付けて着席する。
机には先ほどの木皿に野菜が入った塩味スープと、パンがテーブルに乗っていた。
おそらく、これが平民の食事なのだろう。
「さあさあ、神様に感謝の気持ちを述べてから食べるんだよ」
「はーい」
「はい」
そして、「豊穣の神よ、恵に感謝します」と短い感謝の言葉を述べ、木のスプーンを持つ。
スープは野菜がほとんどで、肉はかろうじて二欠片ほど入っていた。味は塩のみで味に深みがない。
けれど、温かいスープは、何故か心に染み渡った。
「イェルク、今日は南の畑を耕してくれ。アルマは他の畑で収穫できそうなものを収穫するんだ。それが終わったら、ハンナおばさんの所に届けるように。後は母さんの手伝いを頼む」
「わかった」
「わかりました」
父が今日の仕事をそれぞれに割り振る。
ここで初めて少年の名前がイェルクと言う名のアルマの兄だと知った。
それにしても、ハンナおばさんの家はどこかしら? これも、届ける前に聞けばいいわね。
そんなことを考えながら食事をしていると、スープばかり口にしていて、最後にパンだけを食べることになったのだけれど、平民が食べるパンは固いのね。イェルクにスープにどうして浸して食べないのかと言われ、慌ててスープに浸して少し柔らかくなったパンを食べたのだった。
畑で野菜を収穫しながら、わたくしはこのまま『アルマ』として生きるのだろうか――と思い耽っていた。
けれど、答えは出ず、言われたとおりに収穫した野菜をハンナおばさんに渡し、今日の仕事は終わりになる。
帰り際に、城門のほうから負傷した兵を乗せた荒れ狂った馬が入ってきて、負傷兵が声を張り上げて逃げろと叫んでいるのを見つけた。
「先ほど、大公様と公女様が皇帝のもとに行ったが、大公様も公女様も皇帝の手にかかりお亡くなりになった! 帝国軍はまだ進撃してくるようだ。早く公都から出て、森にでも逃げるんだ!」
負傷兵の言葉に、わたくしの体は凍り付いたようだった。
わたくしはここに居るわ。『アルマ』として、だけれど。
それなのに、皇帝との会談でお父様とわたくしが死亡した?
一体どういうことなの?
何もかもが分からない。
けれど、このままいくと、ここは帝国軍に蹂躙されることになる。
実際、わたくしが殺されて老婆になったときに、帝国軍が侵略してきたのだから。
時間軸がいまいち分からないけれど、わたくしは帝国軍が攻めて来て、そして殺されるということを二度体験した。
そしてまた、同じ事を繰り返そうとしている。
早く戻って『アルマ』の家族たちに逃げるように伝えなければ――わたくしは、空になった籠を抱えながら、家まで走って戻った。