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9話

「だれだヨ、オマエ」


 明らかにまともな顔付ではなかったが怯んではいられない。春乃は自身の右手人差し指にはまっている魔器をチラリと確認する。


 これで触れば解決するらしいが、実践したことは無いのでイメージが湧かない。


「とりあえず殴るか」


 春乃の結論はシンプルなものだった。相手の魔器を無力化し、ついでに本人も無力化できる最良の方法は、俱利伽羅を付けた拳で殴ること。


 そうと決まれば行動は早い。身軽なステップで竜司に接近をしていく。右手を握りしめると指環の感触があり、微かに温かい気がした。


 顔は竜司の方に向けながら、視線だけ俱利伽羅に向けると、ほのかに青く光っていた。


(魔器、か)


 自分が魔器を扱っている感触を得ながら春乃は歩を勧める。


 一方の竜司も何かを感じ取ったのか、ターゲットを春乃に移した。


(一気に接近して叩く)


 そう意気込んで走っていた春乃の身体が急に動かなくなった。その瞬間、彼女の目の前を何か見えないものが掻きむしっていった。


「??」


 しかし何が起きたかは解った。竜司の右手が何かをしたのだ。彼はまるで目の前を飛び回る虫を払うように動かした。すると距離にして5メートルほど離れている春乃の目の前で攻撃が炸裂したのだった。


「ワンワン」


 視線の先には影の中に潜んでいた影定の目が輝いている。


「お前が止めてくれたのか」


 どうやら危機を察知した影定が春乃の影を操って足を止めたらしい。


 普通の状況であれば、撫で繰り回していたところではあるが今はその状況ではない。


 改めて相手を見ると、彼は俯いて何かを呟いている。


 その隙に間合いを詰めるが、竜司は動くことなく一点を見つめていた。


 動かなくなったので2メートルの距離まで接近できた。


 この距離なら。そう思い足を1歩大きく踏み出して、拳が当たる距離まで間合いを縮めることに成功する。


 勢いをそのままにして右の拳を突き出した。それは長年培ってきたケンカの拳。誰に倣うでもなく身に着けた戦い方だった。


 春乃の拳は竜司の左わき腹に突き刺さる。紫月の言葉を信じるのならば、この魔器で触れれば効果があるはず。


 しかし、殴ったことで多少のダメージはあったのか、静かに呻き声を上げているが、目に見える形での変化がない。と、いうよりも効果があったのかも分からない。


「あれ?」


 思わず首をかしげる春乃に、竜司は怒りの目を向けた。


「死ね」


 その瞬間、猛烈な衝撃が春乃を襲った。弾き飛ばされた彼女は、数十メートルを転がった先で止まった。


 もし進行方向に壁などがあれば大怪我は免れなかっただろう。


 擦り傷にまみれた身体を起こして春乃は相手を見る。ケンカの最中にぼんやりとしている時間などは、致命的な原因になりかねない。


「ふう」


 まだ立てるという事は、身体の骨は折れていないという事。仕切りなおして竜司に向かっていこうとした春乃とは対照的なことが竜司に起こった。いままで余裕の表情だった相手が、突然苦悶に顔を歪め出したのだ。


「ぐうう。苦しい、痛い、なんだよコレ!?」


 まるで苦しみに抗うように悶えながら両膝を地面につく竜司。彼の口からは、とても人間とは思えないような咆哮が漏れている。


「本当に何かに憑りつかれてるのか」


 俱利伽羅の力が効いているなら、このチャンスは逃せない。苦しんでいる今のうちに、もう一撃を見舞う事ができれば決着は着くはずだ。


 春乃はそれを確信し歩みを進める。1歩2歩と近づいていくだけで、身体が軋んでいるのがわかるが、歩くのを止める事はしない。


 その様子を涙を流しながら見ていた竜司は、危機を感じたのか呻きながらも立ち上がり、10メートルはあろうかという高さの体育館の壁をジャンプで登りきって姿を消した。


 流石にどうしようもなくなった事を実感した春乃は、その場にへたり込んだ。


「もう人間じゃ無いのかね」


 ポツリと呟いてから、自分よりも重症な人間がいる事を思い出した。体育館の壁に激突して無事という事はないだろう。


「おい、生きてるか?」


 春乃が倒れている男子生徒の頬を軽く叩いた。


「う、うぅ」


 一命は取り留めているようだが、具体的な状態などわかるはずもない。


 校門前の救急車が移動していなければ、救急隊員の所まで連れて行けば大丈夫だろうと考えた矢先、背後から紫月の声がした。


「無事か!?」


「ええ、まぁ。全身痛いですけど」


「永井竜司は逃げたか」


「コレで1発殴ったんですけど、効きが悪かったみたいで」


「はぁ。戦闘はするなと言ったのを忘れたのか?」


 その約束を忘れていた訳ではないが、言い訳はできない。


「すいません」


「今後は私の言いつけは護れ。そうでなければクビにする。わかったな?」


「……はい」


 塩らしく反省をしている様子を見て、紫月はもう一度溜息を吐いてから意識を切り替える。


「とりあえず彼を運ぼうか。睦樹、頼んだ」


「了解」


 睦樹が少年に近寄り抱え上げていると、春乃の影から影定が飛び出し睦樹の影に戻っていった。


 やはり飼い主の影が巣のようなものなのだろうか。と考えていると、紫月は次の行動を指示し始めた。


「永井竜司の母親には何も教えず、私たちで解決する。これ以上野放しにすれば誰が被害者になるか分らんから急ぐぞ」

最後までお読みいただきありがとうございます。


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次回もよろしくお願いします

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