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8話

 前回から1週間後、依頼者が事務所を訪れていた。


「すいません。息子からヘッドホンは借りることは出来ませんでした」


 母親と紫月はソファで向かい合って話しをしているので、春乃と睦樹は大人しく資料の片付けをしていた。


「いえ。簡単に渡してくれるとは思いません。何か別の方法を考えましょう」


 子供のイジメ問題と並行して魔器の回収という仕事も加わったので、途中で終わることは出来なかった。


 いくつかの案を出し、実現できそうな作戦を練っている最中に依頼者の携帯電話が鳴った。


「すいません。出ても大丈夫でしょうか?」


「どうぞ、構いませんよ」


 紫月が促すと、母親は携帯電話を持って立ち上がり、部屋の隅に移動した。


「この後はどうするんです?」


 睦樹が小さい声で紫月に問いかける。


「私たちが強引に奪うわけにもいかないからな。様子見だろう」


 そんな話をしていると、電話をしている依頼者が戸惑いの声を上げた。


「え!? 竜司がそんな事を!?」


 なんの話しをしているかは分からないが、緊急のようだった。


「はい、はい、わかりました。すぐにお伺いいたします」


 通話を切ると、母親はソファに座ることなく紫月に頭を下げた。


「申し訳ありません。息子が学校でトラブルを起こしてしまったようなんです。私は学校に向かいますので、話しはまた後日にお願いします」


 それだけ告げて事務所を後にしようとする彼女を紫月が呼び止めた。


「此処へは車で?」


「いえ、バスで来ましたけど」


「そうですか。それなら私が車を出して、お送りしますよ」


 言いながら立ち上がる。


 その申し出に最初は戸惑っていたが、一刻でも早く駆け付けたい気持ちに嘘は吐けなかった。


「本当に申し訳ありません。お願いしてもいいですか」


「では行きましょう」


 紫月は母親をエスコートして事務所を出ていった。


「木戸さん。僕たちも行くよ」


「でもアタシ制服じゃないんスけど」


 前回を参考にするなら制服のほうがバレないと理解いしていたが、今回は違うらしい。


「多分だけど、今日は私服のほうが都合がいいと思う。それと、念のため所長に貰った魔器を持ってね」


「了解っス」


 ヘッドホンが魔器なのであれば、問題を起こした原因はそこに有るはずだった。


 そして4人は車に乗り込み学校へ向かう。車の中では誰もしゃべることも無く走り続けたが、学校の近くになると異様な雰囲気を感じて睦樹が口を開く。


「救急車ですかね」


 そう指摘すると、紫月は視線を前に向けたまま頷いた。


「そうだな。見えてるだけで4台、多いな」


 これ以上車では近づけないと判断し、停車すると母親は急いで降りて学校に向かった。


「春乃、君も行け。私や睦樹は学校に簡単には入れないが、年齢的に違和感のない君なら問題ないはず。竜司本人が学校にいるはずだ、探せ」


「了解っス」


 そう言って車を降りた春乃の足元に、なぜか黒い犬が尻尾を振っていた。


「それは僕の魔器で影定かげさだって言うんだ。魔器の匂いを追いかけることができるから、そいつについっていって」


 影定は一鳴きすると春乃の足にすり寄った。


「先に行かせるが、魔器を見つけても接触するな。どうにかして私たちも追いつくから、それまで待て」


 それを合図にしたかのように春乃は走り出し、学校の中に侵入した。


 救急車の間を縫うようにして通り過ぎ校門をくぐる。その間にも数人の生徒や教師と鉢合わせるが、春乃を気にする様子もない。全員が救急車の方を気にしているようだった。


「こりゃ制服のほうが目立つな」


 この状況では、いくら制服でも限界があっただろう。むしろデザインが違うのだから注目を引いてもおかしくない。


 と、そこで1つ気付く。


「アタシ犬と走ってるけど良いのか?」


 いくら魔器とはいえ、犬が敷地内を走り回っていれば制服どころではなく目立つ。そう思い追走しているはずの犬の姿を探すが、どこにもいない。


「はぐれた!?」


 急ブレーキをかけ立ち止まる。視線を周囲に向け、黒い姿を探すがそれらしいものは見えない。睦樹の所に帰ったのかと思ったが、突然足元から犬の鳴き声がした。


 視線を落すと、自分の影の中で何かが動いている。そして胸のあたりで止まり、目が開いた。

「うわッ」


 思わず驚いて後ずさったが、よく見れば影定らしかった。


「お前、影の中に入れるのか?」


「ワン」


 流石に言葉が通じている訳はないが、そうなんだろうと納得しておく。


 春乃の影に入っている影定だったが、徐に顔を出して辺りの匂いを嗅ぎ始めた。フンフンと鼻を鳴らしながら周囲を探り、ある1点の方角で止まった。


「ワフ」


 そちらの方向で吠えると、再び影の中に潜り込んだ。


「向こうか」


 それは学校の中ではなく体育館のある方角。そこに隔離されているのか逃げ出したのかは分からないが、とにかく行ってみるしかない。


 体育館の中にいるのかと思い、出入口の扉に手をかけるが鍵がかかっていて開かない。


「入れる場所を探すか」


 開いている窓か扉があればと思っていたが、早々に探す必要は無くなった。


 薄暗く雑草にまみれた体育館の裏、そこに2人の男子生徒が向かい合っていた。


「お前、なんのつもりだよ。井辺と齋藤と中邑にあんな怪我させて、ただで済むと思うなよ?」

 強がってはいるが、明らかに声は上ずっている。


「…………」


 相対している方はただ無言のまま。


(あれってイジメられてた竜司ってやつとイジメてたやつだよな)


 春乃は物音を立てないようにこっそりと見守った。


「おい聞いてんのかよ竜司。雑魚がイキがってんじゃねーよ」


「…………ませ」


「あ? なんだよハッキリ喋れよ」


「目を、覚ませ」


「何言ってんだ。つーかヘッドホン外せよテメェ」


 少年が竜司のヘッドホンに手をかけた瞬間、竜司は声を荒げた。


「俺がお前に教えてやるッ!!」


 その咆哮に怯んだ少年だったが、日頃からイジメていた相手が歯向かってきたとあれば、怒りが湧いてくるらしい。


「テメェ誰に向かって言ってるか解ってるんだよな!?」


 その言葉と共に少年は一気に距離を詰め、竜司を殴ろうと右の拳を放った。


 しかし、それは当たるでも避けられるでもなく、止められたのだった。


 自分に飛んでくる拳を竜司は無造作に掴み、腕一本で少年を振り回した。


「楽しいよな。ずっとこうしてやりたかった」


 竜司は笑いながら少年を振り回し、投げ捨てる。


 まるでトラックに跳ね飛ばされたかのような勢いで少年は転がり、体育館の壁に激突した。


「あ゛ぁ」


 呻き声とともに少年はぐったりと倒れ込む。動かなくなった相手を確認して、竜司は勝ち誇ったように笑い声を上げた。


「はははは! なんだ、俺の方が強いじゃないかッ。こんな雑魚に今まで搾取されてたなんて!!」


 泣きながら怒り、絶叫する。自分でも感情のコントロールが出来ていないらしい。


「あぁそうだ。殺さないと」

 笑っていたかと思えば急に真剣な表情を作り、横たわっている少年の元に近づいていく。


「な、ナ、なんで、おまえなんかニ」


 眼は血走り、表情は虚ろ。誰が見てもこの次の展開など容易に想像がつく。


 紫月には手を出すなと言われているが、このままでは取り返しがつかなくなる。そう思った春乃は物陰から飛び出した。


「仕返しなら、そんなモンに頼らないで自分で戦えよ」


 その声に反応した竜司はゆっくりと顔を巡らせ、春乃を見つめた。

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