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5話

「なんか違う」


 朝、制服に着替えながら春乃は呟いた。


 高校など卒業できてしまえば何日休もうが関係ないと思っていた春乃だったが、紫月は違う意見を持っていた。


「学生を雇っている以上、こちらにも義務がある。バイトのせいで学業が疎かになったのでは本末転倒だ。平日はしっかり学校に行って学んで来い」


 昨日の帰りがけに言われた言葉。サボって事務所に来た場合は追い返すしクビにする。との付け足しもあったので、その言葉には従うしかない。


 せっかく朝起きて登校するのなら、遅刻は逆に面倒くさいのでホームルームに間に合うように家を出た。


 学校まではバスで10分ほどの場所にある、不良が多いと地元で有名な学校。校門を通り過ぎる時、生活指導の教員が待ち構えて生徒に睨みを利かせていたが、春乃は完全に無視してクラスに向かった。


 クラスメイトたちと他愛もない話しをしたり、授業を面倒くさそうに聞いたりしながら迎えた放課後、このまま事務所に向かうか一度着替えてから悩みながら学校を出ると、紫月が待っていた。


 ただでさえ顔が良い美人は目立つというのに、校門の前に立っていたので男子生徒がナンパを繰り返していた。


 しかし紫月に話しかけたとしても、彼女は全く相手にしていない。


 無残に散った男子生徒を横目に、春乃は紫月に近づき話を聞く。


「何してんスか?」


「何って君を迎えに来たんだよ。今日も楽しいバイトだからな」


 そう言うと、紫月は助手席のドアを開けた。


「じゃあ、これから事務所っスか?」


「いやこれから行くのは三晃さんこう学園だ」


 その学校名には聞き覚えがあった。


「イジメ依頼の学校っスよね」


「ああ、その学校だ。これから行って本人確認をする」


 そこから2人で車に乗り込み、一般道を走りながら今回の依頼の説明を受ける。


「今回の依頼はイジメの有無だ。だがカツアゲされていたのなら十中八九はイジメの対象だろう。私たちは、彼のイジメられている現場を写真に納めれば完了」


「その後ってどうするんスかね。証拠を教師に渡して任せるんですかね?」


「いや、裁判をやるそうだ。これも珍しくない事さ。学校が頼りにならないから自分たちで解決するんだ」


「へぇ。アタシには一生無理な解決法っスわ。ケンカでもなんでもして、わからせた方が早そうですけどね」


「君の場合は、もう少し穏やかに解決したほうが良いと思うがね」


 そんな話をしているうちに目的の学校に到着した。


「よし、まだ下校時刻じゃないようだな。依頼者の息子が出てくるまで車で待機だ」


 その会話から数分もしないうちに下校時刻が始まったようで、ちらほらと生徒たちが校舎から出てくる姿があった。


「見逃すなよ」


 2人で眺めていると、目的の少年が校舎から出てきた。


「あ、アイツっスよ。カツアゲされてたの」


「間違いないな」


 紫月も写真と見比べて頷く。


 しかし、その彼を追って別の影が現れた。


 4人の男子生徒は、少年に気軽に肩を組んで話しかけるが、少年の方は緊張しているような迷惑そうな顔をしていた。


 その4人にも春乃は見覚えがあった。


 「今合流した奴ら、昨日カツアゲしてたやつかもしれないっス」


 そう言って紫月に教えるが、彼女は無言のまま少年を見つめている。


「? どうかしました?」


「……いや、何でもない。それよりも、あの5人が被害者と加害者なら後を付けるぞ。私は車を置いてくるから、春乃は徒歩で追いかけてくれ。なに、制服なら多少無茶をしてもバレないさ」


 紫月はデジタルカメラを春乃に渡して車から降ろした。


「早く来てくださいよ?」


「わかったから、見失うなよ」


 車は走り出し、1人になる。目的の5人との距離は100メートルほど。他の生徒からすれば、制服の違う春乃は多少目立つだろうがそれだけ。デジタルカメラの画面を見ることなくシャッターをきっても、誰も春乃の方を見てはいなかった。


(違う学校の制服でも不審には見えないよな)


 私服であれば、また違ったように見えるのだろうが今回はコレが正解だった。


 そこまでわかってて迎えに来たのか。と、紫月の考えを理解する春乃。


 そのままバレる事無く、昨日の商業施設付近までやってきた。


「首尾はどうだ」


 車を置いてきた紫月が追いつく。


「なんか、依頼者の息子以外は盛り上がってますね。これからカラオケ行くとかなんとか言ってます」


「カラオケか。密室で何かやられても気付けないが仕方ないか」


 しかし、彼らが向かったのはカラオケ店ではなく、人通りが少ない路地裏だった。


「昨日のカツアゲの場所に向かってますね。定番のカツアゲスポットなのか」


 迷いなくゲームセンターの裏に向かう5人。


「不謹慎だが、丁度いいな。そこでいつものように金銭でも脅し取ってくれれば証拠になる」


 その言葉が通じたのか、4人はうすら笑いを浮かべながら1人を囲んだ。


 何を喋っているのかは分からないが、明らかに犯行現場だった。


 囲まれた少年は鞄から財布を取り出して千円札を2枚取り出した。それを躊躇なく受け取るが、不満を口にしてるようだった。


「足りないって所か」


 紫月がカメラのシャッターをきりながら呟く。


「毎回カツアゲしてりゃ、金なんて無くなって当然っスよね」


「それが分からないほど子供なのさ。彼の家は裕福だそうだから、それも関係しているのかもね」


 数枚の写真を撮って2人はその場を後にする。


 その後も1週間をかけ、あらゆる場面でのイジメの様子を写真に納めていった。小突かれ、殴られ、それでも抵抗しないままの少年。


 それを依頼人である母親に見せた時、彼女は目に涙を貯めていた。


「これらが証拠になります。間違いなく息子さんはイジメにあっています」


 紫月が淡々と調査の報告を行う様子を春乃は黙って眺めていた。


「やはりそうでしたか、そんな気はしていたんです」


「これを証拠に裁判をなさるんですよね?」


「ええ、そのつもりです。ただ」


 そこで、母親の言葉が詰まった。


「ただ?」


「夫は乗り気ではないんです。世間体があるから裁判などしたくない、と」


「そうですか」


 探偵事務所にできる事はない。いくら証拠を集めようと、本人たちが裁判を起こさなければ何の意味もない写真になってしまう。


 しかし裁判をやれとそそのかすことも出来ない。


 こんな話しをしているからか、母親は嗚咽交じりに話し始めた。


[最近、息子の様子が変なんです。夫は思春期だからだろう。なんて適当なことを言って逃げていますが、私はイジメのストレスだと思ってるんです。この前も声が聞こえると言ってリビングルームで大暴れを」


 そこまで話すと、ハンカチで顔を覆いながら泣き始めた。


「……失礼ですが、息子さんの持ち物で最近変わったものは無いですか?」


 先ほどまでは優しく語りかけていた紫月だったが、若干言葉が鋭いものになった。


「え? 変わった物ですか?」


 母親は涙を拭いながら顔を上げた。


「はい。例えば、ヘッドホンとか」


 その言葉に母親は、何かを思い出したようにハッとした表情を見せた。


「たしかに、あの子のヘッドホンが違いました。いつの間にか変わっていて、でも自分で買い替えたんだと」


「そうですか。実は別の依頼でヘッドホン関連の話があるんですが、何か関係があるんじゃないかと思いまして」


 そんな話があったのだろうかと思いながら、春乃は黙って話しを聞いた。


「もしよろしければ、そのヘッドホンを息子さんから借りることは出来ませんか?」


「ヘッドホンをですか? 息子に確認してみない事には何とも」


 母親は多少の困惑を見せながらも、証拠の写真を持って帰っていった。

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