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1話

楽しんで頂ければ幸いです

 季節は梅雨、雨の合間の夜道を歩く小柄な少女がいた。ジャージ姿で金髪。目つきも悪く、15歳という年齢からしても、警察官が見つければ声をかけられること間違いなしの彼女は、水たまりを避けながら指定された河川敷に向かっていた。


「なんでアタシが行かなきゃいけないんだよ」


 クソッ、と言葉を吐き捨てて少女は歩き続ける。


 一見、誰もいなさそうな河川敷。このまま相手がビビッて、約束をすっぽかしてくれたりはしていないだろうかという願いはあったが、それは通じなかった。


「待ちくたびれよ。良く逃げなかったな。木戸きど春乃はるの


 暗闇から威圧的に声をかけられ金髪の少女、木戸春乃は目を凝らす。すると、影から複数の少女たちが姿を現した。


「随分な人数集めたな。1人じゃ怖かったか」


 何も気にする事無く、金髪を揺らしながら挑発すると相手は一斉に騒ぎ始めた。


「何言ってるか聞こえねーから少し落ち着けよお前ら」


 と声をかけるが、それも無視。しかし一通り騒いで満足したのか、次第に声は小さくなり静かになった。


 春乃は辟易しながら話しを進める。


「それで、アタシの相手はお前で良いのか?」


「ああ」


 恨みを晴らすために呼び出した張本人が前に出てくる。


 少女2人が対峙する。


「謝るなら今のうちだぞ?」


「アタシがお前の舎弟を殴ったんだっけ?」


「そうだ。おかげでアイツは今も病院だよ」


「でもさ、アイツがアタシに絡んできたんだぜ? 目が合ったって」


 彼女からすれば、身にかかる火の粉を払ったに過ぎない。しかし、それで引き下がるほど物分かりが良ければ苦労はしない。


「うるせーッ!! お前は私に殴られれば良いんだよッ!!」


 目の前の少女は拳を固めて走り出した。3メートル2メートルと距離が縮まり、次の瞬間に右の拳が突き出された。それは春乃の顔面に向けられた一撃。


 しかし当の本人は腰を落し、首を大きく右に傾ける事で難なく攻撃を躱した。


「フッ」


 そして短く息を吐いて、右の拳を相手の脇腹にめり込ませる。


 ドゴッっという鈍い音と共に相手は崩れ落ちた。膝を地面に付き、呻きながら脇腹を抑える。


「満足したか?」


「舐めんじゃねぇよ」


 額に汗を滲ませながら立ち上がり、再び拳を握った。


 しかし、そこからのケンカで何かが変わることはなかった。一方的に殴り続ける春乃。相手からの反撃も簡単に躱しながら3発4発とダメージを与えていく。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 肩で息をしながら抵抗を見せていたが、ついには拳も握れないほど体力の限界を迎え、少女は地面にへたり込んだ。


「今度こそ終わりだな」


 勝者は敗者を見下す形で決着した。


「それじゃ、アタシは帰るよ」


 少女たちに背を向けて歩き出した春乃だったが、敗北した仲間がそれを許さなかった。


「おい待てよ。このまま返すわけねーだろ」


「お前は必ずボコボコにしたいんだよ」


 などの声がかかる。


「お前らさ、1対1で決着が着いたのにいちゃもん(・・・・・)なんて付けて恥ずかしくないのかよ?」


 不良には不良の決まりがある。1対1の結果に文句を付け、その場で復讐するなど情けない行為のはずだったのだが、頭では理解していても彼女たちの興奮はそれを凌駕りょうがしていた。


「関係ねーよ。この場でお前を喋れないようにしちまえば問題ないだろ」


「そうだ。テメェみたいなチビ、殺さないようにする方が大変なんだよ」


 口々に言葉を発していた彼女たちに対し、春乃は1つの単語にのみ反応した。


「おいお前、お前だよブス。お前いま何て言った?」


「あ? 殺さないように――」


「違げーよ。アタシの事何て言った?」


「? あぁ。チビって言ったんだよ。140センチも無いよな」


 何が沸点なのかを理解した彼女たちは、春乃に対しチビだチビだと大合唱を始めた。


 もしここが学校であり、春乃が気の弱い少女であるならば、春乃が何も言い返せないまま泣いていたかもしれない。


 しかしここは河川敷であり、彼女は侮辱を受けて泣くようなメンタルはしていなかった。


 少女たちは揶揄いの声を止めることなく春乃を囲った。精神攻撃で弱らせていると錯覚していた彼女たちの考えは、春乃の右ストレートが1人の顔面を捕らえた事で否定された。


 鼻血を吹き出しながら後方へ吹っ飛ぶ仲間を見て、少女たちは言葉を飲んだ。


「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、お前らは絶対に殴る」


 低くドスの効いた声で宣言し、右にいる奴の左頬を殴りつけた。


「て、てめえ」


 慌てて応戦しようとしたが、先手を取られたままケンカは続いていく。


 しかし春乃も無傷とはいかず、次第に被弾し始めたのだが負ける気配は無い。


 1回殴られれば2回殴り返し、髪やジャージを引っ張られれば回し蹴りで応戦する。そんな多勢に無勢の戦力のはずなのだが、終始 春乃が圧倒して終わった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。人数が揃ってても、無駄だったな」


 そう吐き捨てて春乃はその場を後にした。


「クソ野郎どもが。身体中痛てーよ」


 重い身体を引きずりながら家に着いた頃には、既に深夜を回っていた。


 自宅のボロアパートの鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで家に入る。


「どうせ居ないよな」


 そう言って電気を付ける。本来であれば家族が寝ている可能性を考えて、電気など付けないのだろうが母親が家にいる確率など無いに等しい。


 それ故に夜に出かけようが、帰りが深夜になっていようが咎められることも無い。


 同時に心配されることも無いのだが、それは深くは考えないようにした。


「男の所か」


 春乃の父親は彼女が小さいときに出ていった。原因は日頃から絶えない夫婦喧嘩。毎日毎日飽きもせずに繰り返されるケンカを見ながら育った彼女からすれば、人間同士が殴り合う光景は当たり前だった。


 そんな日常だったが、彼女が中学生の時2人の離婚を機にケンカを眺める日々が終わった。春乃は母親に付いて行ったが、母親は家事も育児も放棄して男と遊ぶことを覚えたのだった。


 流石に完全に放置してはマズいとでも思っているのか、どこかで働いて得た給料のうち、家賃などの生活費がいつの間にかテーブルに置かれているので、それで生活していた。


「まぁ気楽だよな。口うるさいことも無いし」


 誰に話しかける訳でもないが、独り言は止まらない。


「それにしても、腹減ったなぁ」


 料理など作る事はしない。いつもならコンビニかスーパーで弁当を買って来るのだが、ケンカで疲れたのにそんな元気もなかった。


 そうなれば、適当に買い置きしてあったカップラーメンでも食べるしかない。戸棚に仕舞ってある物を引っ張り出して、お湯を注ぐ。


「消毒でもするか」


 3分間の待ち時間が暇なので擦り傷の消毒を始める。


 ジャージを脱いで鏡を見る。顔にも身体中にも打撲の跡があった。その中から擦り傷を見つけ、消毒液を吹きかける。


 染みる痛さに顔を歪めながら、溜息を吐いた。


 大体の傷に消毒を終え、カップラーメンに手を付けるが、醤油味のラーメンが切れた口の中に染みて、味どころではなかった。


 適当な夕食を済ませ、シャワーを浴びて布団に潜り込む。


「最悪な日だ」


 何も得ることのない日常。ウンザリしていても抜け出せないこの世界で、春乃は明日を迎えるために瞼を閉じた。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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次回もよろしくお願いします

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